メルマガ「日台共栄」より転載 南部利昭・靖国神社宮司の願い−陛下のご親拝と台湾
1>> 南部利昭・靖国神社宮司の願い−陛下のご親拝と台湾
昨日、靖国神社の南部利昭宮司の訃報をお伝えした。本日の産経新聞「産経抄」欄でこの訃報について触れ、「宮司就任後まだ4年余り、志半ばだったように思えてならない」と結んでいる。
これは南部宮司から直接お聞きした話だが、氏が宮司に就かれる前にあるところで今上陛下と同席された。その際、陛下から「今度、靖国神社の宮司に就かれるそうですね」とのお言葉をいただいたそうだ。そのときはまだ宮司職を受けるかどうか迷われていたそうで、その陛下のお一言で受けることを決意されたという。
靖国神社が新たなご祭神を合祀するときには崇敬奉賛会などで厳正な審査を行い、そして必ず陛下に上奏している。
靖国神社は明治2年、明治天皇の思し召しによって建立された来歴をもち、また春秋の例大祭には天皇のご名代として勅使が差遣され幣帛(へいはく)を賜っている。勅使が使わされる神社を勅祭社というが、現在、伊勢神宮や熱田神宮、春日大社、石清水八幡宮など17社しかないという。だが、年2回、春秋の例大祭に勅使が差遣されるような神社は靖国神社の他にない。多くても1年に1度、中には10年に1度という勅祭社さえある。
靖国神社への天皇のご参拝(親拝)をみても、明治天皇は7回、大正天皇は2回、昭和天皇は28回、そして今上陛下は皇太子殿下の折に5回も参拝されている。戦歿者への深い大御心(おおみこころ)としか言いようのないご親拝数である。
先の南部氏へのご下問の一事からも、いかに今上陛下が靖国神社について思し召されているかが分かる。しかし、昭和50年11月21日、昭和天皇が皇后陛下を伴われてご親拝されたのを最後に、天皇によるご親拝は中断されている。
南部宮司の願いの一つは、途絶えている靖国神社へのご親拝が速やかに実現されることだった。産経抄が述べる「志半ばだったように思えてならない」ことの一つがこのご親拝実現だった。
また、南部宮司は『李登輝訪日・日本国へのメッセージ』へ寄せられた一文で「台北市内の国賓大飯店で台湾李登輝之友会全国総会の新年会が開催され、私も加わっていた日本李登輝友の会一行もこれに参加させていただき、その折、蔡焜燦先生のご配慮で先生ご夫妻と親しく歓談する機会を得たのでした」と書かれているように、靖国神社の宮司として初めて台湾を訪問されている。平成18年(2006年)2月のことだ。李元総統ご夫妻とのご歓談は、奇しくも日本の建国記念日に当たる2月11日のことだった。
この時は、その日の昼に蔡焜燦氏のご案内により、「台湾の靖国神社」と言われる新竹県北埔郷の南天山済化宮も参拝された。ここに大東亜戦争などで日本人として戦った全ての台湾出身戦歿者が祀られていたからである。
靖国神社には27,864柱の台湾出身戦歿者が祀られていて、南部宮司は台湾のご遺族との連絡が国交断絶により途絶えていることを気にされていた。折しも本会の「天燈の里ツアー」が行われることを知り、台湾訪問を決断されたのだろう。その点で、ご遺族でもある李登輝元総統とお会いできたこと、そして翌年6月に李元総統の参拝が実現できたことを心から喜ばれていた。
天皇陛下によるご親拝の速やかなる実現を祈るとともに、改めて南部宮司の御霊に哀悼の意を表しご冥福をお祈り申し上げます。下記に今朝の「産経抄」をご紹介します。
なお、昨日の本誌で靖国神社の靖の字が文字化けしていたことをお詫びします。靖国神社では靖も国も正漢字を使用していて、靖の正漢字が文字化けしてしまいました。
(日本李登輝友の会事務局長 柚原 正敬)
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****** ▼ 追記記事 ▼ ******
▼年が明けたばかりだというのに、春日大社と靖国神社という日本を代表するような神社から、訃報(ふほう)が相次いだ。春日大社の前宮司、葉室頼昭氏と靖国神社の宮司、南部
利昭氏である。突然のできごともそうだったが、お二人の意外な経歴には驚かされた。
▼葉室さんは阪大医学部を卒業したドクターだった。開業医として診察を行いながら神職
の勉強をし宮司になった。南部さんの場合、神職の経験はまったくなく、大手広告代理店
に勤務、会社の経営などに当たったあと宮司になった。ともに「異色の経歴」の持ち主だ。
▼「格」を重んじる神社が、生え抜きでなく「名門」に生まれた人を宮司に迎えることは
あるらしい。葉室さんは春日大社を氏神とする藤原氏の末裔(まつえい)だというし、南
部さんは盛岡藩主だった南部家の第45代当主だった。まことに「座りの良い」宮司だった
のである。
▼だが南部さんに対しては、別の期待もあった。靖国神社は明治維新以降、国事に殉じた
人の霊を祭っている。だから日本の首相が参拝するのは当然のことだ。だがそうすると一
部の政治勢力やマスコミ、中国、韓国などがA級戦犯の合祀(ごうし)などを理由に大騒
ぎする。
▼このため、参拝し続けた小泉首相の時代には靖国神社は中国との間の外交問題となった。
いや、中国によって無理やり、政治の世界に巻き込まれたといってもいい。本来静かな祈
りの場であるべき日本の神社の姿から、かけ離れたものになってしまった。
▼それだけに民間会社、それも広告代理店の経験もある南部さんに、靖国の本当の意味を
世界に発信してもらうよう期待されていた。むろん南部さん自身そのつもりだっただろう。
だが宮司就任後まだ4年余り、志半ばだったように思えてならない。
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