
朝日新聞より
下関市教育長「日本の朝鮮への植民地支配なかった」と発言
山口県下関市の嶋倉剛教育長(44)が、山口朝鮮学園(下関市)の関係者に対し、日本の過去の朝鮮半島の植民地支配について「歴史的事実に反する」との趣旨の発言をしていたことが分かった。学園側は教育長に、発言の訂正と謝罪を求めている。
同学園の金鍾九理事長によると、金理事長や父母らが26日、学園が運営する山口朝鮮初中級学校への補助金増額を要望するため、教育長と面談。保護者の1人が「(学校には)植民地支配で日本に渡航せざるを得なかった朝鮮人の子どもたちが通っている」と訴えたことに対し、教育長は日本は植民地として支配はしていないとの趣旨の発言をしたという。
嶋倉教育長は27日、「植民地ではなく、日朝併合だったという認識を持っている。助成要望の場で、過去の話を持ち出すこと自体筋違い」と話した。
金理事長は「平壌宣言や村山首相談話でも植民地支配を謝罪し認めている」と憤慨する。
嶋倉教育長は、元文科省科学技術・学術政策局調査調整課長。文科省を退職し、今年5月26日に教育長に就任したばかり。
(2008年6月28日 読売新聞)
遅まきながら日本の行政や教育界にも、恫喝に屈しない常識的な人出てきたようです。
まあ、外国に日本国民の税金をばら撒く余裕も無いから当然ですが・・・。
応援のあて先
江島 潔 市長
島倉 剛 教育長
下関市役所のHP
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だいたい以上のような感じだったと思います。
溶連菌はまたパラパラ増えてきました。大人の人が割りと多いです。
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【連載】日本よ、こんな中国とつきあえるか(11)
台湾人医師の直言
(転送転載自由)
出版 並木書房(2006年7月)
著者 林 建良
第2章 台湾から見た日本および日本人
争いを避けたがる日本人に平和は守れない
3、孫文と辛亥革命に対する日本人の大いなる誤解
●台湾と中国がともに評価する孫文
中国の歴史教科書には一つの大きな特色がある。学生に中国史を教える側面はあるものの、必ず時の政権の宣伝媒体として使われ、時の権力者にとって都合の悪い歴史はすべて排除され、政治的理念に違いがある人物は徹底的に悪者にされる。
日本の教科書でも、残念なことにマルクス主義に基づく歴史観による記述は少なくないが、中国の教科書は日本の比ではない。中国の教科書に歴史の真実を見出すことはほとんど不可能と言ってよく、時の権力者が自国民を洗脳するためのツールと成り果てている。それは歴史に限らず、国語や算数などの教科書にも及んでいる。
その点で、台湾の歴史教科書のあり方も中国とよく似ている。戦後、蒋介石が台湾を占領して以来、教科書は中華民国政府による政治宣伝のツールとして使われてきた。面白いのはとくに近代史において、台湾と中国の歴史教科書はまるで正反対のことを教えていることだ。そのいい例が蒋介石についてである。台湾では蒋介石は「民族救星」すなわち中華民族の救世主と謳われ、毛沢東、周恩来、朱徳といった中国の指導者は悪魔のように描写されている。人物評価はまったく一八〇度違うのである。
ところが、台湾と中国でたった一人、評価がほぼ一致している人物がいる。それが孫文である。台湾において孫文は「国父」として崇められている。中国もまた孫文を高く評価しているのである。そのせいだけでもないようだが、日本でも孫文は、清朝を倒した革命家で、「大アジア主義」を唱えた人物とされ、その評価は決して低くないようだ。
孫文は、台湾では中華民国のシンボルとして神話的人物となっている。その誕生日である一一月一二日は「国父誕辰記念日」として、また、亡くなった三月一二日は「植樹節」と命名され、孫文の遺志を継ぐという意味で記念の植樹をする日となっていて、それぞれ祝日とされている。
実は、蒋介石が孫文をこのような地位に置いたのには理由があった。それは、蒋介石政権にとって、孫文の正統な後継者は袁世凱でも毛沢東でもなく、蒋介石であるという主張を貫く必要があったからである。革命であれ世襲であれ、どのような政権であっても大義名分、すなわち正統性の根拠を必要とし、それがなければ民衆の支持は得られないのである。
しかし、このような事象に目を奪われていては歴史の真実は見えてこない。日本はまだ客観性を保っているところもあるが、先にも述べたように台湾や中国における歴史とは時の権力者が自国民を洗脳するために作る歴史なのである。
たとえば、孔子の評価である。毛沢東は一九七〇年の文化大革命で「批林批孔」を打ち出し、林彪と並んで孔子批判を大々的に展開した。ところが、それからまだ五〇年も経っていない一九九〇年代後半には恐竜と鳥をつなぐとされる化石を「孔子鳥」と名づけたり、二〇〇四年には政府主催で孔子生誕二五五五年をお祝いしているのである。それゆえ、孫文や辛亥革命にしても、時の権力者による恣意的評価は免れず、そのまま歴史事実として信じることはできないのである。
●日本に来て初めて知った孫文の実像
では、まず台湾ではどのように孫文を描写してきたかというと、小学校の教科書に登場する孫文の物語は一つの神話から始まる。
一八八六(明治一九)年、広東省の農家に生まれた孫文は小さいころ、村の廟に祀ってある仏像の腕を折って、村人に「このように、この仏像は自分の身さえ守れないのに、どうして村人を守れるのか。迷信を打破しよう」と呼びかけたというのである。
その後、香港で医師の資格を取った孫文は、マカオで開業する一方、興中会という清朝打倒をめざす革命団体を設立し、この興中会メンバーを中心として一八九五年に広州で蜂起した。この日は三月二九日だったので、現在の台湾の「青年節」はこの広州蜂起を記念して制定された国家の祝日とされている。
この広州蜂起に失敗した孫文は、革命分子として海外に逃亡する。ロンドンで清朝政府に誘拐されて公使館に拘留されるが、香港時代の恩師であったイギリス人に助けられる。彼がこの体験を『倫敦被難記』として発表するや一躍有名になる。孫文はこの後、一九〇五年に東京で中国同盟会を設立、最終的には一九一一年一〇月一〇日の辛亥革命によって清朝政府を倒して革命が成功し、新中国・中華民国の設立にいたった。そこで台湾の教科書は、孫文は中華民国という国を造った父「国父」であると書いているのである。
もちろん、このなかには歴史的事実もあればウソも含まれている。日本との関わりは東京で中国同盟会を設立した程度に抑えられ、中国でも似たような記述となっている。
ところが、孫文に対する日本の関与は政府筋や頭山満などの民間人を含め、大きな比重を占めていた。しかし、台湾では孫文と日本との関わりは完全に伏せられていて、私も日本に来て初めて知った次第である。その幅広い交友関係や、中国同盟会そのものが日本人の全面的な支援の下に設立し、宮崎滔天など日本人もメンバーだったことなど、あるいは神戸における「大アジア主義」と題した講演のことなど、みな初めて知ることばかりだった。
台湾で「国父」と崇められている孫文は、今でもすべての学校の教室にその肖像画が掲げられていて、学生は授業が始まる前に必ずこの肖像画に一礼しなければならない。また、政府関係の建物にも必ずその肖像画が掲げられている。陳水扁氏が二度目の総統に就任したその式典では、会場正面に掲げられた中華民国旗(青天白日満地紅旗)の上にも大きな孫文の肖像画が貼り付けて掲げられていた。
ところが、実は台湾と孫文との接点はない。厳密に言えば、孫文は一九〇〇年と一九一三年の二度、台湾に立ち寄って宿泊したことがある。しかし、それ以上の関係はない。なぜ孫文が台湾で崇められているのかといえば、それはまさに国民党がその支配を徹底するため、国民党の創始者、中華民国の創始者として、ありとあらゆるところに孫文の肖像画を掲示して権威づけを謀り、神様のように扱ったからにほかならない。中国において毛沢東の肖像画がありとあらゆるところに掲示されたことと同じである。
●日本人が応援した孫文と中国革命
日本には孫文に関する文献がたくさんある。刊行されている文献の内容をすべて信じるわけにはいかないが、関係文献を読んでいくうちに、孫文の実像や辛亥革命の真実が浮かび上がってきた。
一方、日本人の孫文像は、その資料や文献の多さに関係なく「辛亥革命を起こした中国の革命家」として位置づけられている。もちろん、孫文は一外国人でしかなく、日本人がその人物像や辛亥革命に詳しくなくても驚くことではない。しかし、孫文という一外国人に、外国の革命である辛亥革命に、日本人が命を懸けて参加してきたという歴史事実に関して、日本人がまったくといっていいほど無関心だったことには驚かされた。
日本で孫文に関する文献を読めば読むほど、日本人は自らの命を惜しまず、名声も富もなげうって、厚い道義心と日本の国家戦略に立って中国の革命に参加し、孫文を応援してきたという事実が鮮明に見えてくる。しかし、日本にはこの事実を記したたくさんの資料や文献があるにもかかわらず、ほとんどの人は無視するか、無関心なのである。あるいは、参加した日本人に対する評価は低いのである。
孫文は日本に住み、それなりに有名だったようだ。孫文は広州蜂起に失敗し、清国が下関条約で台湾を日本に割譲した一八九五(明治二八)年に初めて日本へ立ち寄る。その後、亡命生活を含めて十数回も来日しており、その滞在は十数年にも及び、生涯のほぼ三分の一を日本で過ごしたことになる。
この孫文に資金を援助し、いろいろ影響力のある人物を紹介し、辛亥革命を支援した宮崎滔天、あるいは、孫文とともに恵州蜂起に身を投じるも捕まって処刑された山田良政、その弟の純三郎。それ以外にも、玄洋社の頭山満、黒龍会の内田良平、それに連なる萱野長知、のちに首相となる犬養毅、大隈重信、そして最初から最後まで資金援助を惜しまなかった映画草創期に活躍した実業家の梅屋庄吉など、孫文と交友した日本人は少なくない。一説には三〇〇人ともいわれている。
●辛亥革命を成功させたのは日本および日本人だった
ところで、台湾の教科書のみならず、日本でも中国でも、孫文はマカオで興中会という革命団体を創設したといわれている。しかし、実際の興中会とは一つの幇であり、幇とはヤクザのような組織をいう。あえて意味づけすれば、同業者・同郷者などの相互扶助を目的とした団結力の強い組織ということになる。孫文はこの興中会の創設者ではなく、もともとあった興中会という幇に加盟したことが明らかになっている。
実際、彼が創設したのは東京でつくった中国同盟会だけで、それも留学生や日本人を取り込んでいて、このなかには宮崎滔天も入っていた。当時の東京には中国人留学生の団体が二〇も三〇もあり、国を思うという大義名分はあっても、実際はお互いに足を引っ張ったり誹謗したり対立をくり返していた。とくに、立憲君主制を主張する梁啓超の団体と共和制を主張する孫文を中心とする団体は絶えず対立していた。その点では、孫文は有力なリーダーの一人であり、革命派のシンボルとしてもてはやされていたことは事実である。
しかし、孫文はほとんど革命に参加したことはなく、実際は日本人が計画して自ら参加し、資金まで調達していたのである。つまり、孫文は資金もなく、行動力もさほどではなく、日本からの物資や人的な支援なくして孫文の革命運動は成り立たなかったのである。この日本人のサムライ精神があったからこそ清朝を倒すことができたのである。孫文が果たした役割は、せいぜい宣伝に携わった程度というのが公平な見方であろう。
事実、一九一一年一〇月一〇日に一一回目の革命である武昌蜂起による辛亥革命が成功したとき、孫文は参加していなかった。アメリカにいて革命の成功を知らなかったのである。そこで、日本人同志が彼に早く帰れと連絡したにもかかわらず、孫文はそれから一カ月も腰を上げず、一二月の末になってようやく上海に到着するという体たらくだった。このような孫文の当事者意識に欠けた責任感のない行動については、台湾でも中国でもまったく触れられていない。
また、孫文自ら述べているように「中国人は砂のような民族」である。つまり、団結力、結束力がない民族なのである。とすれば、この「砂のような民族」だけで果たして革命は成功していただろうか? 私から見れば、この「砂のような民族」のなかに、日本人という道義心に厚く国家観のしっかりした支援者がいたから、成功したのではないかと思われるのである。日本人の存在はまさにセメントのような役割を果たしたと言ってよい。中国の砂と日本のセメントをかきまぜてはじめて建国できたのではないか、と私には思われるのである。中国革命は決して中国人だけでできたのではない。
もちろん、中国人になりきって革命に挺身した日本人も少なくなかったが、日本は自国の国益のために中国革命を支援したという面も見逃すべきではない。当時、日本には「北の脅威」があった。日本はロシアの南下をいかに食い止めるかについて腐心していた。そこで、ロシアの防波堤とならない清朝を倒し、共和制国家を造ってロシアの南下を食い止めるという防衛構想があったのである。しかし、だからと言って日本人志士たちが存在していた意義は決してなくなるものでも、薄まるものでもないのである。
しかし残念なのは、先述したように、このように日本人の力なくして成功しなかった中国革命を、孫文が成功させた革命だと思い込み、日本人が大きく関与していたことを大方の日本人が忘れてしまっていることである。
日本人は、外国の革命に参加して政府を倒し、命を懸けて新しい国造りに貢献したという晴れやかな歴史を持っている。誇るべき歴史といってもよい。
実は、日本の生命線である現在の台湾の独立建国運動にも日本人が参加している。時代背景は異なるものの、道義心に厚く国家観のしっかりした日本人はやはりセメントの役割を果たし、台湾人を束ねて団結させている。
日本人参加者のほとんどは中国革命の歴史を知っている。しかし、だから台湾の独立建国運動に参画しているわけではない。大方の日本人が孫文も辛亥革命も知らなくなっているにもかかわらず、彼らが日本の歴史と日本の道義を忘れていないということを伝えたいのである。
また、台湾の独立建国運動に参加している日本人有志は、中国(中華人民共和国)が台湾を併呑しようとしていることをよく知っており、台湾が併呑されたら日本の安全が脅かされることもよくよく理解している。当時のロシアと現在の中国は、日本にとってはまさに同じ脅威なのである。しかし、この脅威を脅威として感じているのはまだ台湾独立を支援する日本人有志くらいで、悲しいかな、日本政府も大方の日本人も気づいていないのが現状なのである。
中国革命に寄与した日本人を忘れる日本人であれば、これも致し方ないのかもしれないが、台湾人にとっては命に代えても守らなければならない祖国台湾なのである。
いまだ目覚めぬ日本人には、誇るべき歴史を思い出して欲しいと願うのみである。
(次の連載は7月7日)
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html
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最近世の中を見ても足元を見てもろくなことがない。
おまけに梅雨時で雲の下は雨が降り続いており、老妻と一難ともども軽症鬱を楽しんでいる状態が続いている。本日も全身の痛みを味わいながらごろごろしていた。新しい居候の馬鹿犬コウだけが、若いせいか世の中の動きを知らないためか一人元気がいい。
それでも不思議なもので、やはり昼になると腹が減る。腹が減ると飯を食いたくなるから、まだ生きていたいらしい。

馬鹿犬を連れて3人で近くの店に行く。
なんでもマスターの友人のご主人が台湾人とかだそうで、台湾茶がある。ままごとのように可愛い。

後はマルゲリータとかいうピザを食べる。これはバジルが生で、なかなか香りがよい。

スパゲティは、ボンゴレ以外は滅多に食べない。これは結構な量がある。
かくして憂鬱な休日が終わり、また明日から憂鬱な1週間が始まる。
外では雨が今も降り続いているようだ。馬鹿犬がまた無駄に一声ほえた。
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1.感染性胃腸炎 1人
2.溶連菌感染症 1人
3.水痘 1人
だいたい以上のような感じだったと思います。
なんだか心療内科系の方が多い長い一日でした。
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当ヤブークリニックの主な感染症の傾向です。
1.感染性胃腸炎 2人
2.溶連菌感染症 3人
3.ヘルパンギーナ 1人
だいたい以上のような感じだったと思います。
感染症は余り多くなく、多方面の患者さんがみえた日でした。
待ち時間が長くなりましたことをお詫びいたします。
馬鹿犬コウの長い鼻に免じてお許しください。
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広大なヤブー農場で韓国唐辛子の収穫が始まった。
おろし生姜とみじん切りの唐辛子を混ぜた鶏ひき肉でつくねを作る。

本来は10本ぐらい入れると美味しいのであるが、ない袖は振れない。
それでもまあまあの味であった。
本日ある患者さんが韓國菜の本を持ってきてくれたので、何か作ってみることにした。
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1.感染性胃腸炎 3人
2.マイコプラズマ感染症 1人
3.ヘルパンギーナ 1人
だいたい以上のような感じだったと思います。
溶連菌の方が0人になりました。
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1.感染性胃腸炎 2人
2.溶連菌感染症 3人
だいたい以上のような感じだったと思います。
溶連菌は細々と続いております。
昨日の昼休みは中学生のMR接種の予備日で、接種前の診察のために保健センターに行って来ました。4人しかおりませんでしたが・・・。
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【論説】尖閣騒動で炙り出された敵を見よー日本人も必読の台湾人論文
ブログ「台湾は日本の生命線!」 より
永山英樹
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-408.html より
尖閣海域での台湾船沈没意見を受けて発生した台湾政界での反日騒動だが、「日本との開戦も排除しない」(劉兆玄行政院長)との言葉まで飛び出すほどの激越ぶりに、台湾人もまた中国人や韓国人と同様に、領土的野心に駆られた反理性的な人々だと多くの日本人は誤解し、憤り、あるいは失望している。しかしここで知らなければならないのは、あくまでも騒動を広げているのは外省人の政治勢力だと言うことだ。
外省人とは在台中国人のこと。戦後、国共内戦で敗れ、蒋介石とともに台湾へ逃れてきた国民党勢力の中国人とその子孫である。かつて台湾を殖民支配したこの政治勢力は、民主化後の台湾人力の擡頭に反発し、ことに国民党は民進党に政権を奪われてからは、かつての内戦の敵である中国共産党に接近し、「聯共制台」(中共と連帯して台湾人勢力を制す)の策に打って出て、今では台湾併呑を国家目標に掲げる中共の傀儡、朝貢国のような存在となっている。
では台湾人は今回の反日騒動をどう見ているのか。
最近行われた台湾の世論調査によると、回答者の半数以上が国民党政権の尖閣事件の処理方法に不満。八割が「平和的手段、外交ルートで調整すべし」。一五%だけが「強硬にあたれ。軍艦を派遣せよ」。人口比率を考えても、この一五%は外省人が中心だろう。このように台湾人は一般的に、外省人の馬鹿馬鹿しい騒動には反対しているのである。
そもそも台湾人には領土的野心はなく、敵国を設定してナショナリズムを煽ると言う発想も持ってない。要するに好戦的な中国人とは民族性が異なるのだ。
このように、今回の騒動が日本人にとって有益なのは、外省人政治勢力と言う日本への敵対勢力の姿が炙り出されたことである。だから日本人はこれを機会に、誰が敵であるかをしっかりと見定める必要があるだろう。
それでは外省人勢力の今回の反日狂奔は、いったいいかなる目的、思想、心理に基づいたものなのか。それらに関し、台湾人良識派のオピニオンリーダーの一人、陳茂雄氏(中山大学教授、台湾安全促進会会長)が、実に洞察に富んだ論文を週刊誌「新台湾」(六月十九日号)で発表しているので、ここに翻訳して紹介したい。
これを読んで、日台共通の敵勢力の生態を理解しよう。
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「聯共制日」と「聯日拒共」
陳茂雄
日本の巡視船と衝突した台湾の釣船「聯合号」が沈没した後、台湾の政界では巨大な波浪が起こった。ブルー陣営(国民党)の国会議員はキッド級駆逐艦を出動させて漁船を護衛しろと要求し、さらには国防部長(国防相)に対し、航空機に搭乗して釣魚台(尖閣諸島)上空で主権を示せとまで要求した。みな異口同音に「日本との一戦を惜しまず」と表明している。外交部長(外相)も許世楷駐日代表(大使)の召還と、日本事務会の廃止を宣告し、「聯合号」船長の釈放後は態度を軟化させたものの、国会議員の非難攻撃を受けたあと、再び態度を変えた。
日本はただ釣魚台の領有の主張をしているだけで、台湾に対しては友好的姿勢を保っている。中共は釣魚台の主権を主張するだけでなく、さらに台湾は中国の一部だと認定し、千基を超えるミサイルの照準を台湾に合わせ、国際社会では積極的に「中華民国」を消滅させようとしている。これらを見ても明らかなように、台湾唯一の敵は中国なのだ。日本の巡視船が台湾の漁船を転覆させたのは固より横暴な行為だが、中国の台湾に対する迫害とは比較しようがない。
対岸(中国)は中国肺炎(SARS)を台湾へ波及させながら、台湾の防疫へのW
HOの協力を阻止し、全台湾人の生命に危険を及ぼした。台湾大地震発生後、中
国政府は救援に向かうロシア機の領空通過を拒絶した。これらは間違いなく、一
隻の漁船を沈めたことの百倍の悪行だ。台湾が一戦を惜しまない対象は中国であ
るべきであって、日本ではない。しかし台湾では積極的に仇日を鼓吹しながら、
中共のご機嫌を取ることにあらゆる手段を尽くし、対岸政権を刺激するなと台湾
人に要求する者たちがいる。
馬総統は、国際社会の圧力に妨げられ、目下は保釣(尖閣防衛)問題に関してあえて声を立てないが、民進党政権時代には、彼もやはり保釣のために「一戦を惜しまず」と表明し、また「陳総統は主権ではなく漁業権だけを問題にし、日本に迎合している」と攻撃していた。
ブルー陣営は釣魚台の主権を勝ち取ろうとしているが、しかし台湾の主権についてはまったく語らず、中共の台湾蹂躙を放任している。彼らは台湾人には「中華民国」を防衛すると言っているが、中共の前では「中華民国」を放棄し、まったくあえて台湾の主権問題を取り上げようとしない。二千三百万人の同胞を育む台湾は、結局は一つの無人島にも及ばないわけだ。これは台湾人の悲哀である。
台湾で釣魚台領有の主張を行いながら、台湾も主権に関しては取り合わない人はアイデンティティの方面でも問題がある。彼らは中国だけにアイデンティティを抱き、台湾には抱いていない。彼らから見れば、中共は横暴だが自分たちの同胞であり、台湾人は温和だが外人であって、台湾人の立場に立って問題を思考することは不可能だ。台湾の中国人は完全に中共の主張に呼応し、積極的に釣魚台の主権を勝ち取ろうとする。たとえそれが一つの荒島であってもだ。台湾には二千万人以上の人口があるが、多くは外人であり、「祖国」に外人を征服させることは支持するが、外人の独立建国は許さない。
台湾人の立場に立てば、中国は台湾唯一の敵である。全世界のいかなる国家であれ、中国による併呑への台湾人への抵抗に協力できるなら、積極的に関係を持つべきだ。そして最も台湾に協力する可能性があるのが米国と日本である。台湾の主権と釣魚台の主権が両立すれば最良だが、もしそれが不可能なら、むしろ無人島は捨てて台湾を守るべきだろう。日本が欲しがっているのは釣魚台だが、中共が欲しがっているのは台湾なのだ。台湾人の立場に立てば、もちろん必要となるのが「聯日拒共」(日本と連帯して中共を拒否する)だ。
中国人の立場に立てば、中華人民共和国が祖国であり、台湾人は外人であり、そして日本には祖国の統一を拒む「外人」を助ける可能性がある。だから彼らは積極的に「聯共制日」(中共と連帯して日本を制す)に走るのだ。彼らは中国に対してはできるだけ忍耐、譲歩するが、日本に対しては一戦も惜しまないとなる。
そしてたとえ台湾が滅亡しようと、それも惜しむところではない。日本の海軍がアジア第一位で、世界第三位であり、台湾が日本に戦いを求めるなど卵で石を撃つようなものであることは、三歳児でも知っている。しかしなおも日本を挑発するのは、彼らが「聯共制日」の準備を進めているからだ。
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html
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台湾人医師の直言
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著者 林 建良
第2章 台湾から見た日本および日本人
争いを避けたがる日本人に平和は守れない
2、台湾で教えられた正反対の日本像
●反日的学校教育と親日的家庭教育
ところで、台湾人の戦前世代と戦後世代の日本を見る目は違っている。
戦前世代の台湾人である「日本語世代」は日本統治時代をよく知っていて、実際、日本人として教育された世代だ。その代表的な人物が李登輝前総統である。彼らは日本に文化的な郷愁を抱いている世代で、日本文化にノスタルジアを感じている「文化的日本人」と称してもいい存在である。
ところが、戦後世代のわれわれ台湾人、とくに四〇代から六〇代は、蒋介石政権による反日教育のせいで日本に対するイメージは決してよくない。しかし、家庭では親はいたって親日的なのである。つまり、反日的学校教育と親日的家庭教育により、日本観が混乱している世代といえる。
私個人は、一九八七(昭和六二)年四月一日、二八歳のとき初めて日本に来た。桜が満開のころで、羽田空港を出たとき、なんと美しい国だろうと感動した。それが日本の第一印象だった。また翌日、新宿の高層ビル街で、着物姿の美しい日本人女性が歩いているのを見て、現代と伝統の調和に感動した。それ以来、私は台湾の教育で教えられてきた邪悪な民族が果たしてこのような美しい文化を持つことができるのだろうか、と反日教育に疑問を抱くようになった。それと同時に、自分の親がいつまで経っても日本を懐かしんでいる気持ちがわかったような気がしたのである。
●現実と理想を混同する日本人
私が来日したとき、日本はバブル経済の真っただ中にあった。そのせいだったのかもしれないが、アジア系の学生に対する日本の傲慢な一面もたっぷり味わった。
留学生はまず部屋探しから日本の生活がはじまるが、私は三〇軒以上の不動産屋を回った。足が棒になった。私が外国人であるとわかると断わられつづけたからだ。日本はアジア系の外国人には差別意識と優越感を持っている、というのが当時の偽らざる心境である。しかし、その後の経験で、これは単に外国人や外国文化に対する知識のなさに起因する拒絶反応だったことがわかった。
それから私は研究生活に入り、医学活動にいそしみ、たくさんの日本人の友人ができた。また、その過程で日本文化や日本人の考えを観察してきたつもりである。そこで理解したのは、戦前世代も戦後世代も、どちらの日本人像も間違っているということだった。戦前世代には日本統治時代の懐かしい記憶というフィルターがかかり、戦後世代には反日教育というフィルターがかかっているからだ。
もう一つ驚かされたのは、日本では大人がマンガを読むことだった。最初は新宿に住んでいたので、本郷の東大まで丸ノ内線で通っていた。通勤電車のなかでコミック誌を読んでいるサラリーマンが実に多いことに驚かされた。マンガの主人公の多くは、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物であった。私はあまり熱心な読者ではなかったが、たとえば『課長島耕作』の主人公はそのような人間的魅力あふれる人物に描かれていたように覚えている。
このように日本人は、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物を虚像の世界に求め、現実の世界では「友好」を最高の価値としていた。これは私から見れば滑稽としか言いようがなかった。日本人はやはり、ライオンとシマウマが仲良く暮らせるような社会を求めているような気がする。そうすると、日本全体がディズニーランドのようになっていく。これは、現実と理想を混同しているからだが、以前はモラトリアム、今はニートと呼ばれる若者が多く発生しているのも、これと無関係ではないようだ。
●台湾で教わった日本人像は間違いだった
われわれ戦後世代の台湾人は学校で、非常に残酷で、狡猾、狭量というような日本人像を学んだ。「狡猾・狭量」に関して言えば、日本人は世界中あちこち進出して工場を建てているが、技術の核心的な部分は絶対に教えないで隠すと教えられた。
しかし、日本に来てこのような日本人像が誤っていることにすぐに気がつき、学校で教えられた日本人像とまったく正反対であることに思い至った。
たとえば、最近でも、台湾版新幹線の開通が遅れている問題で、台湾の交通部(国土交通省に相当)の高官が、遅延の原因は日本側が技術を教えないからだと非難していたが、これも台湾の学校教育の影響が強いように思われる。聞くところによれば、決して日本側だけに原因があるわけではなく、逆に技術供与を受けていた台湾高鉄側の対応のつたなさに原因があるようだ。
日本人は核心を教えないどころか、私が会ったほぼすべての日本人は教え魔だった。道案内から学問に関してまで、手取り足取り、細かいところまで教えてくれた。
私が研究していた分野は非常に競争が激しかったにもかかわらず、同じグループの先輩に聞いても、別のグループの先輩に聞いても、同じように、しかも詳しく教えてくれた。それも、私がまだ理解していないのではないかと心配して見に来てくれたこともあったほどである。まるで私が競争相手であることを忘れたかのように親切に教えてくれた。
日本人は、相手に学ぶ意欲と能力があるとわかれば、競争相手であっても、ほぼ例外なく熱心に教えてくれた。日本人は狭量であるどころか、きわめて寛大だった。聞いてくれるだけで自分の価値は認められているという満足感も手伝ってか、目一杯、自分の知っていることを相手に教えるのである。
なにもこれは学問の世界に限らなかった。生活の面においても、アパートの隣の奥さんに聞けば、細かく何でも教えてくれた。一を聞けば十を教えてくれた。下宿の大家さんも同じだった。日本人は、相手に学ぶ意欲さえあれば誰でも教えようとすることを、私は体験から学び、台湾で教わったことはウソだったとはっきりわかったのである。
●争いを避けたがる日本人
台湾の学校では、日本人が残酷で残忍であるとも教えられてきた。台湾のビデオショップで借りたヤクザ映画を見て、指を詰めるシーンや喧嘩の場面が出てくると、日本人はやはり残忍なのだと自分なりに納得していた。
しかし、先ほど述べたように、日本に来て二日目に新宿で現代と伝統の調和の美しさに感動し、その美しい文化に気づいたとき、残酷な国民性からはこのような美しい国は生まれないのではないかと思いはじめた。
日本滞在二〇年目に入った台湾人の私には、これほど自然を愛し、生命を愛する民族は日本人以外、世の中にいないのではないかと思うほどだ。
たとえば、私は実験材料としてしばしばマウスやラットを使うことがあった。ときには殺したりしなければならないこともある。その最初のときに先生から教わったのは、いかに苦しまずにラットやマウスを処置するかということだった。また日本では、年に一回、必ず実験動物の慰霊祭を営むが、台湾の大学ではやらないことだった。私は、日本人の命に対する畏敬の念がこのような実験動物までにも及んでいることを知って感銘を受けた。
日本人は木や花をはじめとした自然をこよなく愛している。このような日本人が残酷な民族性を持っているとは考えにくかった。あらゆるところに神が宿っていると素朴に信じている日本人が残酷であるとは、とても思えないのである。実際、日本で生活していると、日本人は涙もろくて、純情で、悪口をできるだけ慎み、人のよいところを評価する傾向が強いことを実感することが多々あった。
日本人は、会った瞬間から、私は友好的ですよ、私は無害ですよと、一所懸命に善意を示そうとする。それゆえ、日本人が「平和」と「友好」を最高の価値としてきたのか、なんとなくわかるのである。おそらく、相手と争いを避けたい一心なのだろう。和を重んじることが日本の大事な文化である。
しかし、現実の社会では、正義感や冒険心、あるいは国を守る勇気を失ったところでの平和や友好であれば、それはペットの平和であり、奴隷の平和でしかない。残念ながら、私の目にはこのことに気づいている日本人はまだまだ少ないように見えるのである。
(次の連載は6月30日)
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.html
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1.溶連菌感染症 5人
2.手足口病 1人
だいたい以上のような感じだったと思います。
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今日もまたいつもと同じように鬱々とすごした。
しかし夜になり、ちょっと嬉しい知らせが入る。
馬鹿犬コウを散歩に連れて行った太太から電話が入り、昨年の10月以来行方不明になっていた「トリ子」が見つかったと言う。
実はヤブー御用達の床屋さんの前の道路を歩いていて保護され、10日間ほど店の横に置かれていたが、持ち主が現れないので裏で飼われていたとのこと。
わたしはてっきり誰かに食べられてしまったと思っていたが、良い人に拾われて飼われていた様で安心した。
ほぼ毎日卵を産んでいるらしい。
トリ子は馬鹿犬子とは相性が良かったが、馬鹿犬コウとはどうか分からないので、このまま継続して飼ってもらうこととした。
真に縁は奇な物、味な物である。
今日は本当によかった。
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久しく霞を食べ続けたお陰で、BMIが22を切った。
そこで本日は、青椒牛肉絲を作る。
油が結構あったので、油通しをして作った。下味は当然沙茶醬も使った。
味は特別好吃であったが、油濃いのですこしだけ食べて大部分は一難に残しておこう。
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【再送・連載】日本よ、こんな中国とつきあえるか(9)
台湾人医師の直言
(転送転載自由)
出版 並木書房(2006年7月)
著者 林 建良
第2章 台湾から見た日本および日本人
争いを避けたがる日本人に平和は守れない
1、日本人は中国のペットになりたいのか?
●ライオンとシマウマが抱き合うコマーシャルを見て感動?
二〇〇五(平成一七)年八月ころから、あるテレビコマーシャルが放映された。確かパチンコメーカーの広告だったと思うが、まさにアフリカの大地に夕日が沈んでいこうとするとき、今まで食うか食われるかという立場にあったライオンとシマウマが、友情を確かめ合いながら抱き合っているシーンが登場し、BGMにはエディット・ピアフの「愛の賛歌」が流れ、二頭のまわりを象やダチョウ、アフリカ人が涙を流しながら取り囲んでいるというコマーシャルだ。
想像力を駆使しながらこのようなシーン作るのがコマーシャルかもしれないし、背景のシーンも美しく、作品としてはなかなかいい線をいっているのではないかと思った。多くの日本人がこのコマーシャルを見て感動したということで話題になった。今まで敵対関係にあったライオンとシマウマが恩讐を超えて友だちになったことに感動したのだという。
もしそれが本当であれば、まさに滑稽としか言いようがない。なぜなら、ライオンとシマウマがこれから長く平和共存していくなら、ライオンの結末は想像するまでもない。飢えて死ぬ以外にない。ライオンとシマウマが抱き合って友だちになるなどということはあり得ないように神様は作っている。ライオンが草食動物にならない限り、この平和共存はあり得ないのである。
もちろん、コマーシャルだから荒唐無稽であってもいいのだが、このようなコマーシャルが発想され、それを見て感動した日本人が少なくないと知り、ここにまさに戦後の日本人の国民性が現れているのではないかと思わされた。
戦後の日本は「平和」と「友好」を最高の価値としてきていて、たとえ宿敵であっても天敵であっても、平和でなければいけない、友好でなければいけないと考えているようで、このコマーシャルへの反応が戦後日本の歪んだ思想や精神を反映していると思われたのである。
日本人の中国に対する考え方は、まさに「平和」と「友好」が原則となっている。それは、台湾人の私からすれば、このコマーシャルと同様、まさに滑稽としか言いようがない。
●日本人はペットになりたいのか?
二〇〇五年一二月八日、民主党の前原誠司代表(当時)はワシントンの戦略国際問題研究所で講演し、中国の軍備増強は日本にとっても脅威だと述べた。その後、一二月一二日に北京で講演したときも、講演後の質問に「(中国軍の)能力が飛躍的に向上していることに、私は率直に脅威を感じている」と答えた。その結果、予定されていた胡錦濤国家主席との会談がキャンセルされた。その中国の動きに合わせたかのように、身内である民主党内部から前原批判が浴びせられた。
中国の軍備増強が脅威であると言及すること自体が日中友好を損なうことであって、言ってはいけないという調子で、中国も民主党も前原氏を攻撃した。前原氏は中国の軍備増強の脅威を指摘しただけであったが、まるで傷口に塩でもすり込まれたかのような大袈裟な反応だった。
テレビコマーシャルへの反応と、この前原氏への反応を合わせて考えてみると、どれほど強大な相手でも、たとえ自分を呑みこもうとしている相手であっても友好でなければならない、仲良くしなければならないという理屈になる。これだと、警察は強盗とも仲良くしなければならないという理屈も成り立つ。ここには正義も大義も道徳もない。最高の価値は「友好」だけということになる。
国を守ろうとする人間が評価されず、評価されないどころか、厳しく批判される今の日本では、体を張ってでも国を守ろうとする考えを持つ者は「右翼」のレッテルを貼られる。逆に、日本を弱体化させようと考えている者は評価され、良心的だとされている。
一台湾人から見れば、日本人はペットになりたいと思っているのではないかと、疑わざるを得ない。ペットは、安全に暮らせて食うに困らず、ご主人様に喜んでもらうことを最高の価値としているからである。
●日本の国防力を低下させている最大の要因とは
現実に、少なくない日本人が「今の日本の平和があるのは、平和憲法によって守られているからだ」という錯覚をしている。しかし、これはまったくナンセンスなことで、日本の平和は日米安全保障条約によって守られているのである。アメリカの軍事力、軍隊、そして核兵器によって守られているのが実相だ。しかし、本当に日本を守っている力に対して、マスコミは歓迎していないようだ。在日米軍の存在に対して、日本のマスコミはきわめて冷たい。冷たいどころか、敵愾心さえ抱いているように私には見える。
最近、在日米軍の再編成、トランスフォメーションの一環として、ワシントン州にある陸軍第1軍団司令部を、神奈川県の座間と相模原にまたがる米軍基地の「キャンプ座間」に移転する計画がある。二〇〇六年二月中旬、この計画の中間発表が伝えられると、市民派といわれる人々は早速、「キャンプ座間」を取り囲んで、「侵略戦争の司令部なんていらない! 米第1軍団の座間移転反対!」というスローガンを掲げてデモをおこなった。マスコミはこのデモを大々的に報道して、司令部移転に反対する彼らこそ良心的日本人であるかのように取り上げるのである。
自衛隊についても、日本のマスコミの報道には否定的ニュアンスが必ず伴う。ある自衛隊員から「今でも制服を着て町へ出ると、白い眼で見られる。そのとき、ある種のコンプレックスさえ感じてしまう」と、直接聞いたことがある。
命を懸けて国を守ろうとする軍人に対するこのような冷たい視線がどうして生まれるのかというと、国を守ろうとする姿勢と、仲良くしようとする姿勢は相反すると少なくない日本人が考えているからである。
実は、自国の軍事力を軽視し、自国を命懸けで守ろうとする軍人を軽視することが、日本の国防力を低下させている最大の要因だと言って過言ではないのである。
●「無防備地域宣言」という名の奴隷化宣言
日本人の「善意をもって付き合えば、相手も善意でもって応えてくれる」という錯覚の極めつけがある。それが「無防備地域宣言」である。いったいどういう宣言かというと、いざ戦争となった場合、自治体がすぐに手を上げ、抵抗しないという宣言をしようというものである。
それどころか、自国の防衛施設や軍隊、軍人の存在もいっさい排除して、敵の占領に加担しようとする宣言である。
これは、どこからどう考えても、売国行為としか考えられない。もし日本に反乱罪があれば、それで罰してもいい活動である。すでに二〇〇四年三月から関西を中心に、マスコミでは朝日新聞と毎日新聞を中心に推し進めてきた運動で、自治体に「無防備条例」を制定させ、この宣言をさせるための署名運動を展開している。
しかし、これは自分さえ無抵抗であれば命を保障されるという考えを基にしたエゴイスティックな運動であり、また、日本という国家が発動する戦争にはいっさい協力しないが、敵の占領には協力するという反国家運動である。その点では、個を国家から切り離そうとする国家解体運動と言った方が正確かもしれない。
これでは、日本人はペットどころか、奴隷になろうとしているとしか、台湾人の私には考えられないのである。まさに「無防備地域宣言」とは奴隷化宣言の別名でしかない。
(次の連載は6月23日)
『台湾の声』 http://www.emaga.com/info/3407.htm
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