台湾に鳴り響いた「神の声」 [帝塚山大学名誉教授 伊原 吉之助]
中道派が政局混迷の突破口を開く
【1月29日 産経新聞「正論」】
≪大敗はむしろ天佑神助≫
台湾の選挙は西太平洋がシナ海になるか否かの分岐点になるので、日本でもかねてか
ら注目されてきた。
結果はご存じの通り、中国国民党81議席対民主進歩党27議席という大差。国民党は実
に4分の3を獲得する圧勝だった。定員113議席に対し、民進党は4分の1の28議席に
達せぬ小政党に転落した。
なぜこれほどの大差がついたか?
2期目の民進党・陳水扁政権は迷走して支持者の反発を買ったが、その間、野党は民
主主義の手続きや法治を踏みにじる無法行為を繰り返してきた。票の買収も公然の秘密
である。それを百も承知の有権者が、なぜ国民党に投票したか?
「民の声にも変な声がある」と言ったのは福田父首相、台湾の今回の選挙結果もその
類だろうか?
いや、この大差は台湾の有権者にとって天与の好機である。
第一に、対米関係が劇的に改善する(対中関係も)。米政府は国民党べったりで台湾
人民を無視してきたからだ。
第二に、台湾政局に前途が開ける。これだけ大差がつくと、両党ともこれまでのよう
にいがみ合うだけでは済まない。
国民党は、政府攻撃のほかに代案を示さないと、政権担当能力を疑われ、墓穴を掘る
ことになる。議会で多数というだけで横暴が許されるほど、民主政治は甘くない。
民進党はもはや野党の反対を無能の口実にできず、成果を生むため野党との協力を迫
られる。幸い、悪罵(あくば)合戦の主役、陳総統が主席を退き、「和解共生」を説く
宥和派謝長廷が後任だ。2月1日に始まる立法院で、早速協調が模索されよう。
≪謝長廷当選が決め手≫
台湾政局が、与野党協力の建設型に変わるには、3月の総統選で民進党の謝長廷候補
を選ばねばならない。
国民党の馬英九候補がいかに立派な政治家であろうと、国会で圧勝した国民党が総統
まで取ると「好き勝手し放題」になる。そして「絶対的権力は絶対的に腐敗する」ので
ある。ここは断じて、少数与党の謝長廷を総統に選ばねばならない。これで民主主義健
全化の基本条件「牽制(けんせい)と均衡」が機能する。
野党多数の議会との協調については、謝長廷に高雄市長時代の実績がある。当時、高
雄市議会は国民党が圧倒的多数を制していた。その中で謝長廷は着実に野党と協力関係
を築き、高雄市の施政を円滑化した。
謝長廷は現実政治家だから、野党優勢の立法院とうまく協調しつつ、台湾の前途を開
いて行くだろう。
例えば、両候補とも同じく中国投資の40%制限枠の撤廃を公約している。馬英九が一
律撤廃という杓子(しゃくし)定規であるのに対し、謝長廷は、大企業のこれ以上の投
資は抑制しつつ、中小企業は一律制限せず、事情に応じて40%超の投資も認めるとい
う柔軟なものだ。こういうきめの細かさが、実際政治に無縁な馬英九とまるで違うので
ある。
≪政界再編成が不可避≫
今回の選挙結果が「天佑」である別の理由がある。
国民党は半世紀、単一の独裁政党として台湾に君臨した。だから国民党は雑多な勢力
を抱え込んでいる。
例えば今回当選した81人は、諸党派5人も合わせて、ざっと三派に色分けできる。中
国派は20人弱、確固たる台湾本土派は20余人。残り約40人は利権派で、主導権を握った
方に従う日和見派である。
2000年の総統選敗北後、国民党は李登輝を党主席の座から追い出し、党籍削除までし
て李登輝の下で台湾化しつつあった国民党を「中国」国民党に引き戻した。「私は純粋
な中国人」と誇る連戦主席の下で中国派が主導権を回復したのだ。
その中国国民党も、民進党政権下で着実に浸透する台湾意識を気にして、今や統一色
を淡くしつつある。究極の統一を唱える馬英九候補が、当選後、在任中に統一も独立も
やらぬと公約したのは、その一環である。
この情勢下で国民党の台湾人がいつまでも一握りの中国派について行くだろうか?
国民党は、なまじ大勢が当選しただけに、今後、党内の利権争いが激化する。現に立
法院副院長を巡り6人が係争中だ。
もし国民党本土派が30人党を割って出て民進党と一緒になれば立法院で多数派になり、
政局の主導権を握れる。
中道派が中道左派の民進党と国民党中国派を抑え、台湾の主流派として政局の主導権
を握る機会が巡ってきたのである。
これが台湾人にとって天佑でなくて何であろうか。(いはら きちのすけ)
これはたしかに今朝の産経新聞の『正論』に載っていた。
難しいことはよく分からんが、とにかく民主台灣不能亡である。
私もわが台湾出身の好朋友のM先生が言う「台湾人のバランス感覚」を信じている。
芋っ子ら、負けるなヤブー、これにあり。
まあ、常に戦力外の私が言っても、何の足しにもならないけどね。
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1.インフルエンザA 3人
2.感染性胃腸炎 7人
3.マイコプラズマ感染症 4人
だいたい以上のような感じだったと思います。
徐々に感染症が増えている感じがします。
皆様ご用心あれ。
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生きがいとは、必然性のうちに生きているという実感から生じる。
その必然性を味わうこと、それが生きがいだ。
福田恒存「人間・この劇的なるもの」より
19世紀末の中国(清帝国)は、西洋列強の帝国主義国家にとって最後の獲物であり、英国、フランス、ロシアなどに分割統治されたような状態が続いていた。
1911年の辛亥革命後の中国は、軍閥割拠の北京派と、国民党をひきいる孫文の南方派に分裂し、抗争波乱の時代に入った。またロシア革命の影響を受けて共産主義運動が広がり、1921年に中国共産党が結成された。
中国全土の統一を目指していた孫文は、1924年に共産と連携し、第一次国共合作が行われた。
1925年に孫文が死去した後、蒋介石が国民革命軍総司令となり、翌1926年軍閥の支配する北京に向かい北伐を開始した。1927年の南京占領後、国共合作は放棄したが北伐は続けられた。
蒋介石ひいきいる北伐軍が南京に入場した際、米・英・日各国の領事館や居留民が暴虐され、これが本来の意味での『南京事件』である。
1931年に日本の関東軍は武力で満州を中国から切り離すことを企図し柳条湖事件を起こし、その後半年で満州全土を制圧した。(満州事変)
中国の対日感情は極度に悪化し、1932年に上海で日本の海軍陸戦部隊が中国軍の衝突して第一次上海事変が起こった。この紛争は列国の調停により収拾され、日本軍も直ちに撤退した。この年には日・朝・満・蒙・漢の諸民族の協力(五族協和)を掲げる、満州国の建国が宣言された。
1933年塘沽(タンクー)停戦協定が結ばれて満州事変が終わり、日中関係は一応平静を保っていた。
しかし中国共産党は抗日救国運動を提唱し、1936年の西安事件を契機に、国民党政府も共産党との内戦停止、抗日民族統一路線の形成に踏み切った。
1937年7月、北京郊外の盧溝橋付近で、中国共産党の謀略により突如日本軍と国民党軍が衝突し、これを機会に日中間の戦線が中国全土に広がっていった。
『今、父が計画していることが成功すれば、中国の国民に幸せが訪れる。しかし失敗すれば、家族全体が末代までも人々から批判されるかもしれない。お前はそれでもいいか。』
1937年師である孫文の遺訓でもある「日中戦うべからず」を基礎に大アジア主義を継承して、日中の共存共栄こそ中国国民の幸せに生きる道であると確信した汪兆銘は17歳の娘、汪文琳にこう問いかけた。
彼は中国共産党や蒋介石とは異なる独自の道を目指し、1939年、蒋介石に対して、「君は安易な道を行け、我は苦難の道を行く」との書簡を送り、重慶からハノイに脱出して、以後、単独で日本政府との交渉を進めたのである。
そしてこの時より汪兆銘は、国民党からも共産党からも『漢奸』と呼ばれ今日に至る。
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ネタばれ的な要素があります。以下は読まないように気をつけてください。

そんな激動の時代の香港に、中国本土から疎開してきた何処か陰りのある美しい女学生がいた。
ある日彼女は親友の女子大生に、演劇サークルのリーダを紹介される。彼は兄弟を抗日戦線で亡くしており、抗日戦争に協力し中国を統一することに協力したいという理想を持つ。

演劇部のリーダーの瞳は一つの理想に燃え澄んで美しかった。女学生は彼に微かに引かれ、そして演劇の舞台で愛国精神を鼓舞することと、演技することの快感を知る。

リーダーはいよいよ、舞台を現実の社会に移し、自分の理想のための行動を取ることを仲間に打ち明ける。
日本に協力している汪兆銘政権の部下で特務機関の幹部を暗殺しようというのだ。国民党の立場から言えば憎むべき「漢奸」の易である。

リーダの幼馴染が漢奸の下で働いていることを利用し、女学生を貿易商の妻として仕立て上げ、敵の懐深く入り込むことに成功する。女学生は若く美しいマイ夫人として、易の妻たちとマージャンを興じるまでの関係になる。
色を好む易は当然の事ながら女学生を眼にとめ、彼女は2人だけの密会のチャンスを得る。
学生たちは自分たちのアジトに易を連れ込み射殺しようと待ち構えているが、用心深い漢奸は寸でのところで難を逃れる。
<易の気を更に引きつけ心の中にもっと深く入り込むためにはと、女学生は好きでもない男子学生と性的な関係を持ち、男を知った体になろうとしていく。自分の決めた役割を全うするために、彼女は痛みと自己嫌悪にも耐えるのだった。
しかし間もなく、易夫人からの電話で彼らが上海に帰ることになったのを知らされる。このときも彼女は、絶望に耐えながら言うべきせりふを隙無く続けた。
一同は意気消沈し香港に帰る準備をするが、この時ある事件が生じる。恐らくはそのことが男たちを一人前の抗日分子に変え、女学生の中にはある疑問を抱かせるきっかけになったのだろう。

そして3年後、舞台は1942年の上海に移る。
女学生は日本占領下の上海で、叔母の家に身を寄せて大学に通い、かっての同志たち本格的な抗日活動を行っていた。
ある日、かってのリーダは女学生の居場所を突き止めて尋ねてきた。そして、漢奸である易を暗殺するために、再び易夫人と連絡を取り敵の懐深く潜入してくれと彼女に頼んだ。彼はただひたすら彼女を探し回っていたとじっと見つめる。
女学生は、彼の話に応ずればどの様な事態になるかは予想できた。そして、心のどこかで「何故」と呟く声を感じつつも、結局は彼の依頼どおりプロのスパイとして易の元に潜入することを引き受けてしまう。

3年前より遥かに成熟しより美しく変貌した女に、易は再び警戒しつつも関心を寄せていく。そしてかってのリーダは諜報活動を支援しつつ、遅すぎる後悔をしている自分の心に気づいていくのである。

男は女の魅力に自分を抑えきれず、特務機関トップという強いストレスを吐き出すかの如く、激しいレイプのような性行為で女を初めて征服する。
しかしやがて女も、スパイと言うその命を賭する呪われた活動を振り払うが如く男を求めるようになる。男を誘惑する為の演技か、演技の為に誘惑したのか分からないひと時が流れる。
性行為の後訪れる死のような眠り。
かってのリーダの後悔は徐々に大きくなる。自分が如何に大切なものを傷つけ苦しめていたかを知る。彼もまた女の唇を奪おうとするが、2人の活動の場は同じでも、生きる場が既に離れ離れになってしまっていた。「愛国とは任務とは、何のためなのか・・・・」
女は言う。「3年前に機会はあったのに、何故・・・」

女は自分が決めた役割を演じるために、男の元に戻っていく。
男は女と一緒に居るときだけは、1人の男に帰る。女もまたそのように演技する。
しかしそれは何処までが演技なのか、分からないままの演技であった。
女は男に指輪をせがみ、男は女の歌う「天涯歌女」に涙する。
「私たちの心は1つ」だと信じあえる瞬間。

そしてやがて訪れるカタストロフィとそれに引き続く、アンチクライマックス。
全ての存在は罰を受けて、やがて消えていく。誰もが予感していたように。
微かなぬくもりと、「何故?」という言葉を残して・・・
「色、戒/LUST,CAUTION」
台湾が生んだ李安(アン・リー)監督の名作。ベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞作品。
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