2007年04月27日 23:30

【正論】西尾幹二 慰安婦問題謝罪は安倍政権に致命傷
05:16 この記事についてのブログ(39)
■保守の本当の声結集する政権を待つ
≪そらされている熱い感情≫
私は冗談のつもりではなかった。けれども人は冗談と取った。話はこうである。
月刊誌「WiLL」編集部の人に2カ月ほど前、私は加藤紘一氏か山崎拓氏か、せめて福田康夫氏かが内閣総理大臣だったらよかったのに、と言ったら「先生冗談でしょ」と相手にされなかった。今までの私の考え方からすればあり得ない話と思われたからだが、私は本気だった。
安倍晋三氏は村山談話、河野談話を踏襲し、東京裁判での祖父の戦争責任を謝り、自らの靖国参拝をはぐらかし、核と拉致で米国にはしごをはずされたのにブッシュ大統領に抗議の声ひとつ上げられず、皇室問題も忘れたみたいで、中国とは事前密約ができていたような見えすいた大芝居が打たれている。これらが加藤、山崎、福田3氏の誰かがやったのであれば、日本国内の保守の声は一つにまとまり、非難の大合唱となったであろう。
3氏のようなリベラル派が保守の感情を抑えにかかればかえって火がつく。国家主義者の仮面を被った人であったからこそ、ここ10年高まってきた日本のナショナリズムの感情を押し殺せた。安倍氏が総理の座についてからまぎれもなく歴史教科書(慰安婦、南京)、靖国、拉致の問題で集中した熱い感情は足踏みし、そらされている。安倍氏の登場が保守つぶしの巧妙な目くらましとなっているからである。
西尾幹二氏は言う。「国家間で断じて謝罪してはならないことが、ただひとつだけある。それは過去の戦争に対してである。戦争とは、言葉が尽き果てた後に最後の手段として行われるものである。」また続ける。「暴力という手段で勝敗を決する。それが戦争である。そのとき敗者は力に屈したのであって、自分の正しさを否定されたわけではない。」と。
春秋に義戦なしというが、一方が絶対的に正しい戦争などというものはない。そこに正義などというものを持ち込んで形ばかりの「裁判」を導入したアメリカは、ある意味で野蛮で自己欺瞞の塊である。
このアメリカという特殊な国によって、21世紀の世界もまた混乱の渦に飲み込まれていくのであろうか。
日本はこの腹黒い世界にあって、いまだ赤子ようにナイーブである。 見えなくても微かでも高まり、そして失望し続ける日本の保守のエネルギーはどこへ向かうのであろう。
人気blogランキングへ←気が向いたら、押しておくれ
FC2 Blog Ranking←気が向いたら、これも押しておくれ



















最近のコメント