本日の当弱小ヤブークリニックの主な感染症の傾向です。

1.インフルエンザ     1名(B)
2.溶連菌感染症      2名
3.感染性胃腸炎      1名
4.水痘          1名

 残務整理を中断しクリニックの外に出ると雨が降っていました。
 インフルエンザも落ち着き、桜の満開は少し延びるでしょうか?

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20070331212844

 
 私は元来社交的な方ではない。したがって、誰かと会話をしたいという欲求はあまり無い。一日中喋らなくても平気である。
 したがって友と呼べるものは少ない。
 先だって何ヶ月振りかで床屋さんに行ったら、そこのご主人も友達というのは、何十年来の友達しか居ないというので少し驚いた。
 ご商売をやっている時は饒舌で、髪を切りながら良く喋るのに根は人見知りだという。
 それならこの私と同じではないか。私も実はシャイな方で、どちらかというと社会不安障害的でもある。昔は警察官を見たら、何か悪いことでもしているような気になり逃げ出したくなったものである。
 しかし、必要は発明のじゃなく、適応の母であり、たまたま医者なんかになり、患者さんを煙に巻いているうちに、診察の場では良く喋る方の医者になった。
 そして人生も終わりが近くなる最近は、偉い教授にあってもあまり緊張しなくなった。たまにクリニックに診察に来てもらう准教授ぐらいなら、まったく平気である。
 わが心の師の一人は「石」を友にしていたようであるが、私はまだそこまでは行かない。やはり生き物、それもやはり犬が一番好きである。
 ところで、今朝我が家の馬鹿犬子が脱走した。それを何とか捕まえようとしたが、こちらをからかうようにして逃げていく。あまり遊んでいると診察に遅れるのでうっちゃってきた。
 昼休みに様子を伺いに行ってみたら、春休み中の一難が捕まえてくれたようで、ちゃんとおとなしく小屋の前で座っていた。たまには役に立つこともするようである。
 診療所に帰る前に、もう一人、じゃなく一匹の友と「ツーショット」してみた。
 そろそろ、わが嫌いな悪友コンピュータは、書き込みを終えたであろうか。
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【2007/03/31 21:28】 | 雑感


一難の母
黒木先生は準教授ではなく、准教授ですよ。一般に浸透するのでしょうかね


ヤブー(管理人)
>>一難の母さま
ああ、ちゃんと直しときました。v-413
脳震盪を起こしてぼけただけです。v-510

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20070331212531

 土曜日だというのに残務整理が終わらない。昨日と今日の分が終わらないのに、なぜか諸般の事情によって今月の分を先に行っている。
 今コンピュウーターが書き込みをしている間に急に空腹を覚えた。
 姪っ子の高校合格祝いのお返しに頂いたチョコレートを開けて、つまみ食いをしてみる。
 これは確かに美味い。
 しかし、早くビールとするめとりんごとバナナとポン柑を食べなければ・・・。そうそう納豆も食べないと、ゾマホンに怒られるな。
 
 ところで、受験生Aさんは試験どうだった?


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【2007/03/31 21:25】 | 雑感


小柚
看起來好好吃啊~~~

對於高中合格一定相當的開心,
在這裡,一同祝賀。v-308


ヤブー(管理人)
這是給你的禮物。
想注意到了。i-235
早點入學的大學決定就好了。v-352

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 いわゆる悪魔の証明と呼ばれるものがある。これは「あったこと」は簡単に証明できるが、「なかったこと」を証明するのは困難なことを言う。
 近年の日本が闇の勢力に封じ込めら続けているのは、この「悪魔の証明」に陥るストーリーに政治家や外務省、そして国家が簡単に乗ってしまうからだ。
 この度日本と日本人の名誉を傷つけながら、自分のプライドだけは守ろうとする河野氏は、自らこのトリックに乗ったことを明らかにした。


従軍慰安婦「おわび」見直す声、河野氏「知的に不誠実」
2007年03月27日16時42分(asahi.com)
 河野洋平衆院議長が昨年11月、アジア女性基金(理事長・村山富市元首相)のインタビューに対し、従軍慰安婦の募集に政府が直接関与した資料が確認されていないことを踏まえたうえで「だから従軍慰安婦自体がなかったと言わんばかりの議論をするのは知的に誠実ではない」と語っていたことが明らかになった。

 河野氏は93年の官房長官当時に従軍慰安婦問題で「おわびと反省」を表明する談話を出したが、各界でこれを見直す声が出ていることを厳しく批判したものだ。河野談話をきっかけに95年に発足し、元従軍慰安婦への支援を担った同基金が近く公表する「オーラルヒストリー」に掲載される。

 インタビューで河野氏は、談話で「官憲等が直接(慰安婦の募集に)加担したこともあった」と認定した点について「どなたが何とおっしゃろうと問題ない」と断言。談話の前提となった政府調査での元従軍慰安婦16人への聞き取り結果を理由に挙げ、「明らかに厳しい目にあった人でなければできないような状況説明が次から次へと出てくる」と振り返っている。

 従軍慰安婦の徴集命令に関する旧日本軍の資料は「処分されていたと推定もできる」と指摘。「(談話を出した)責任を逃げたり避けたりするつもりは全くない。談話を取り消すつもりも全くない」と強調している。

 3月になって安倍首相の発言が河野談話見直しと関連して海外で報じられたことから、河野氏には欧米メディアから取材要請が相次いだ。事態の沈静化を図る河野氏は、現在は「信念を持って談話を発表している」と語るにとどめている。


 これを読むと、どうやら河野氏は日本国民全体の名誉と安全、財産よりも己の知的誠実さや偽善の方を優先させる人物のようである。少なくとも日本国民全体の領土、生命、財産、安全そして名誉をまず優先させる「政治家」ではない。
 「政治家」は国家と国民のためには進んで「悪魔」になっていただきたい。明らかな証拠がダメ押しされるまで出し続けられても、最後にうまくレトリックで逃げ切るドイツやイギリスの政治家のような強かさや演戯が要求される。
 政治家が偽善を見せるときは、例えばブッシュ大統領が横田早紀江さんに面会して、米国民の前で「優しさ」を演じて政治的に不利な状況を改善しつつ、日本の不甲斐なさを世界にアピールするという具合に、腹黒い計算があるのであろう。
 優しいアメリカがわが国の無辜の民を虐殺した大小の空襲や原爆投下を謝罪したことがあるだろうか?少なくとも河野氏のような己の誠実さぶりに酔っているような奴には、政治家や高級官僚にはなってもらいたくない。
 日本国民全員がお人よしで穏やかでいられ続けるために、まず日本国民の福祉に対してのみ誠実な「悪魔」や「もののふ」こそが政治家になればよい。
 河野洋平氏、あなたは学者か医者か坊さんにでもなってくれ。
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 朝日新聞が作り、河野が認め、中国の闇の組織が暗躍し、米国・カナダにまで拡大されたいわゆる「慰安婦問題」は、このままでは日本の名誉ひいては経済的立場も危うくするであろう。
 日本のマスコミ界にあっては「産経新聞」と「読売新聞」だけが、ややまともな論調で報道している。
 河野洋平氏は証拠も突きつけられていないのに罪を認めたようなものであり、国際世論では彼のいわゆる「河野談話」が絶対的な言質として扱われている。
 彼の発言は根の葉も無いことであり「万死に値する」。
 私は新聞を読んでいないのであるが、読売新聞はなかなか俯瞰的で良い記事を書き、それを「デイリーヨミウリ」が英訳したと、毒吐き@てっく氏のブログで知った。
 ぜひ回覧してもらいたい。
 人はパンのみによって生きるにあらずだ。

以下てっく氏の丸写しを掲げる。

The Yomiuri Shimbun

読売新聞

Controversy over the so-called comfort women has been inflamed again.
いわゆる従軍慰安婦(戦地売春婦)の論争が再燃した。

The U.S. House of Representatives has been deliberating a draft resolution calling for the Japanese government to apologize over the matter by spurning the practice as slavery and human trafficking.
米下院は日本の政府がその件について、奴隷制度と人身売買だったとして、(日本政府に)謝罪を求める決議案を上程している。

Why has such a biased view of the issue prevailed?
そのような(無知な)偏見が、どうして広がってしまったんだろう ?

The Yomiuri Shimbun carried in-depth reports on the issue Tuesday.
読売新聞は火曜日に(慰安婦)問題に関する徹底的なレポートを載せた。

The writers are Masanobu Takagi, Hiroaki Matsunaga and Emi Yamada of the political news department.
これは、政治部の高木マサノブと、松永ヒロアキ、山田エミによるものです。

Starting today, The Daily Yomiuri will carry the stories in three installments.
今日から、ザ・デイリー・ヨミウリは3つに分けて記事を掲載する。

To discuss the comfort women issue, it is indispensable to understand the social background of the time when prostitution was authorized and regulated by the government in Japan.
従軍慰安婦問題について議論するためには、売春というものが、当時、日本政府によって認可、規制されていたという社会的背景の理解が不可欠だ。

Prostitution was tacitly permitted in limited areas up until 1957, when the law to prevent prostitution was enforced.
売春は(届出された)特別区でのみ認可され、売春防止法が施行された1957年まで黙認されていた。

Comfort women received remuneration in return for sexual services at so-called comfort stations for military officers and soldiers.
戦地売春婦(従軍慰安婦)は、いわゆる慰安所(売春宿)での、陸軍士官や軍人に対する性的なサービス(売春)の対価として、報酬を受け取っていた。

According to an investigation report publicized by the government on Aug. 4, 1993, on the issue of comfort women recruited into sexual service for the Japanese military, there is a record mentioning the establishment of such a brothel in Shanghai around 1932, and additional similar facilities were established in other parts of China occupied by the Imperial Japanese Army.
1993年8月4日、日本軍向けの従軍慰安婦問題についての政府の調査報告によると、1932年頃にかかる売春宿の上海での設置についての記録があった、そして、同様の施設が旧日本軍によって専有された中国の他の地域にも設置された。

Some of them were under the direct supervision of the military authorities, but many of the brothels catering to soldiers were privately operated.
それらのいくつかは軍の直属であったが、戦地売春宿の多くは民営だった。

Modern historian Ikuhiko Hata, a former professor at Nihon University, says the comfort women system should be defined as the "battleground version of civilian prostitution."
現代の歴史家、秦郁彦(日本大学元教授)は、従軍慰安婦制というのは、「民営売春の戦地版」と定義されるべきであると言う。

Comfort women were not treated as "paramilitary personnel," unlike jugun kangofu (military nurses) and jugun kisha (military correspondents).
「従軍」慰安婦は、「従軍看護婦」や「従軍記者」とは異なり「軍属」として扱われなかったのだ。

During the war, comfort women were not called "jugun ianfu" (prostitutes for troops).
当時(戦争中)は、コンフォートウーマン(売春婦)は「従軍慰安婦」とは呼ばれていなかった。

Use of such generic terminology spread after the war.
そのような用語は、戦後に広められたのだ。

The latter description is said to have been used by writer Kako Senda (1924-2000) in his book titled "Jugun Ianfu" published in 1973.
そんな「表現」は1973年に発行された「従軍慰安婦」という本の中で、著者の千田家光(1924-2000)によって(初めて)使われたものとされている。

Thereafter, the usage of jugun ianfu prevailed.
その後、「従軍慰安婦」という言葉が広まった。

In addition to Japanese women, women from the Korean Peninsula and Taiwan, both then under Japanese colonial rule, and China, the Philippines, Indonesia and other countries invaded by the Imperial Japanese Army were recruited as comfort women.
日本人女性と、当時日本であった、朝鮮半島と台湾の女性、および中国、フィリピン、インドネシアという、旧日本軍による植民地の人間によって戦地売春婦は構成されていた。

Hata estimates that 40 percent of the wartime comfort women were Japanese, 30 percent Chinese and other nationalities and 20 percent Korean.
秦は、戦時の従軍慰安婦の40パーセントが日本人女性だったという、30パーセントが中国人女性、20パーセントが韓国人女性、そして残りが他の国籍です。

The total number of comfort women has yet to be determined exactly.
従軍慰安婦の総数は、未だ定かになっていない。

According to a report compiled by Radhika Coomaraswany of the U.N. Commission on Human Rights in 1996, there were 200,000 comfort women from the Korean Peninsula alone.
1996年の国連人権委員会のクマサラワミレポートによると、朝鮮半島から20万人の従軍慰安婦がいたという。

The figure in the report was based on information Coomaraswany had obtained in North Korea.
レポートは、クマサラワミが北朝鮮で得た情報に基づいている。

But this report contained many factual errors, and its quoted sources lacked impartiality.
しかし、このレポートは多くの事実誤認を含んでいて、引用された資料も公平性に欠けるものだった。

Foreign Minister Taro Aso rejected the figure of 200,000 as "lacking objective evidence."
麻生太郎外務大臣は「客観的証拠に欠ける」として20万人説を否定した。

The reasons cited for the need for comfort women and wartime brothels are as follows:
従軍慰安婦と戦時慰安所の必要性の必要とされた理由は以下の通り。

-- To prevent military officers and soldiers from raping women and committing other sex crimes in occupied areas.
-- 軍人による占領地域での強姦など、性犯罪予防のため。

-- To prevent venereal disease from spreading through troops who would otherwise contact local prostitutes who did not receive periodic medical checks.
-- 性病検診を定期的に行っていない地元売春婦による性病予防のため。

-- To prevent military secrets from being leaked by limiting the women who provided sexual services to officers and soldiers to recruited comfort women.
-- 売春婦による、軍事機密の漏洩防止のため。

Such a system and the use of wartime brothels generally are not limited only to the Imperial Japanese military.
一般に、そのような制度と戦時慰安所の使用というのは、旧日本軍だけではなかった。

The U.S. troops that occupied Japan after the war used brothels provided by the Japanese side.
戦後の日本を占領したアメリカ軍は日本側によって提供された売春宿を使用した。

There was a case in which U.S. military officials asked the Japanese authorities to provide women for sexual services.
米国の軍高官が、売春婦の手配を日本の当局に依頼したこともあった。

During the Vietnam War, brothels similar to those established for the former Japanese military were available to U.S. troops, a U.S. woman journalist has pointed out.
ベトナム戦争において、旧日本軍のための売春宿と同様のものを、アメリカ軍も採用していた、と米国の女性ジャーナリストが指摘している。

Hata said:
秦は言う:

"There were wartime brothels also for the German troops during World War II.
「ドイツ軍のための戦時慰安所も第二次世界大戦にはあった。」

Some women were forced into sexual slavery.
そこには、強制的に性奴隷にされた女性もいた。

South Korean troops had brothels during the Korean War, according to a finding by a South Korean researcher."
「韓国軍は、朝鮮戦争の時、売春宿を持っていたという調査結果が韓国の研究者より出されている。」

(Mar. 30, 2007)
(2007年3月30日)



みんな自分の頭で調べ考えてくれたまえ。

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