藪の眼には涙もでない

藪医者ヤブーのブログ 健康に関すること。独り言。 患者さんの話はフィクションです。

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本日の感染症

 本日の当弱小ヤブークリニックの主な感染症の傾向です。

1.インフルエンザ     1名(B)
2.溶連菌感染症      2名
3.感染性胃腸炎      1名
4.水痘          1名

 残務整理を中断しクリニックの外に出ると雨が降っていました。
 インフルエンザも落ち着き、桜の満開は少し延びるでしょうか?

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わが良き友

20070331212844

 
 私は元来社交的な方ではない。したがって、誰かと会話をしたいという欲求はあまり無い。一日中喋らなくても平気である。
 したがって友と呼べるものは少ない。
 先だって何ヶ月振りかで床屋さんに行ったら、そこのご主人も友達というのは、何十年来の友達しか居ないというので少し驚いた。
 ご商売をやっている時は饒舌で、髪を切りながら良く喋るのに根は人見知りだという。
 それならこの私と同じではないか。私も実はシャイな方で、どちらかというと社会不安障害的でもある。昔は警察官を見たら、何か悪いことでもしているような気になり逃げ出したくなったものである。
 しかし、必要は発明のじゃなく、適応の母であり、たまたま医者なんかになり、患者さんを煙に巻いているうちに、診察の場では良く喋る方の医者になった。
 そして人生も終わりが近くなる最近は、偉い教授にあってもあまり緊張しなくなった。たまにクリニックに診察に来てもらう准教授ぐらいなら、まったく平気である。
 わが心の師の一人は「石」を友にしていたようであるが、私はまだそこまでは行かない。やはり生き物、それもやはり犬が一番好きである。
 ところで、今朝我が家の馬鹿犬子が脱走した。それを何とか捕まえようとしたが、こちらをからかうようにして逃げていく。あまり遊んでいると診察に遅れるのでうっちゃってきた。
 昼休みに様子を伺いに行ってみたら、春休み中の一難が捕まえてくれたようで、ちゃんとおとなしく小屋の前で座っていた。たまには役に立つこともするようである。
 診療所に帰る前に、もう一人、じゃなく一匹の友と「ツーショット」してみた。
 そろそろ、わが嫌いな悪友コンピュータは、書き込みを終えたであろうか。
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本日のつまみ食い

20070331212531

 土曜日だというのに残務整理が終わらない。昨日と今日の分が終わらないのに、なぜか諸般の事情によって今月の分を先に行っている。
 今コンピュウーターが書き込みをしている間に急に空腹を覚えた。
 姪っ子の高校合格祝いのお返しに頂いたチョコレートを開けて、つまみ食いをしてみる。
 これは確かに美味い。
 しかし、早くビールとするめとりんごとバナナとポン柑を食べなければ・・・。そうそう納豆も食べないと、ゾマホンに怒られるな。
 
 ところで、受験生Aさんは試験どうだった?


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河野洋平氏は政治家失格

 いわゆる悪魔の証明と呼ばれるものがある。これは「あったこと」は簡単に証明できるが、「なかったこと」を証明するのは困難なことを言う。
 近年の日本が闇の勢力に封じ込めら続けているのは、この「悪魔の証明」に陥るストーリーに政治家や外務省、そして国家が簡単に乗ってしまうからだ。
 この度日本と日本人の名誉を傷つけながら、自分のプライドだけは守ろうとする河野氏は、自らこのトリックに乗ったことを明らかにした。


従軍慰安婦「おわび」見直す声、河野氏「知的に不誠実」
2007年03月27日16時42分(asahi.com)
 河野洋平衆院議長が昨年11月、アジア女性基金(理事長・村山富市元首相)のインタビューに対し、従軍慰安婦の募集に政府が直接関与した資料が確認されていないことを踏まえたうえで「だから従軍慰安婦自体がなかったと言わんばかりの議論をするのは知的に誠実ではない」と語っていたことが明らかになった。

 河野氏は93年の官房長官当時に従軍慰安婦問題で「おわびと反省」を表明する談話を出したが、各界でこれを見直す声が出ていることを厳しく批判したものだ。河野談話をきっかけに95年に発足し、元従軍慰安婦への支援を担った同基金が近く公表する「オーラルヒストリー」に掲載される。

 インタビューで河野氏は、談話で「官憲等が直接(慰安婦の募集に)加担したこともあった」と認定した点について「どなたが何とおっしゃろうと問題ない」と断言。談話の前提となった政府調査での元従軍慰安婦16人への聞き取り結果を理由に挙げ、「明らかに厳しい目にあった人でなければできないような状況説明が次から次へと出てくる」と振り返っている。

 従軍慰安婦の徴集命令に関する旧日本軍の資料は「処分されていたと推定もできる」と指摘。「(談話を出した)責任を逃げたり避けたりするつもりは全くない。談話を取り消すつもりも全くない」と強調している。

 3月になって安倍首相の発言が河野談話見直しと関連して海外で報じられたことから、河野氏には欧米メディアから取材要請が相次いだ。事態の沈静化を図る河野氏は、現在は「信念を持って談話を発表している」と語るにとどめている。


 これを読むと、どうやら河野氏は日本国民全体の名誉と安全、財産よりも己の知的誠実さや偽善の方を優先させる人物のようである。少なくとも日本国民全体の領土、生命、財産、安全そして名誉をまず優先させる「政治家」ではない。
 「政治家」は国家と国民のためには進んで「悪魔」になっていただきたい。明らかな証拠がダメ押しされるまで出し続けられても、最後にうまくレトリックで逃げ切るドイツやイギリスの政治家のような強かさや演戯が要求される。
 政治家が偽善を見せるときは、例えばブッシュ大統領が横田早紀江さんに面会して、米国民の前で「優しさ」を演じて政治的に不利な状況を改善しつつ、日本の不甲斐なさを世界にアピールするという具合に、腹黒い計算があるのであろう。
 優しいアメリカがわが国の無辜の民を虐殺した大小の空襲や原爆投下を謝罪したことがあるだろうか?少なくとも河野氏のような己の誠実さぶりに酔っているような奴には、政治家や高級官僚にはなってもらいたくない。
 日本国民全員がお人よしで穏やかでいられ続けるために、まず日本国民の福祉に対してのみ誠実な「悪魔」や「もののふ」こそが政治家になればよい。
 河野洋平氏、あなたは学者か医者か坊さんにでもなってくれ。
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日本国民の名誉が危ない

 朝日新聞が作り、河野が認め、中国の闇の組織が暗躍し、米国・カナダにまで拡大されたいわゆる「慰安婦問題」は、このままでは日本の名誉ひいては経済的立場も危うくするであろう。
 日本のマスコミ界にあっては「産経新聞」と「読売新聞」だけが、ややまともな論調で報道している。
 河野洋平氏は証拠も突きつけられていないのに罪を認めたようなものであり、国際世論では彼のいわゆる「河野談話」が絶対的な言質として扱われている。
 彼の発言は根の葉も無いことであり「万死に値する」。
 私は新聞を読んでいないのであるが、読売新聞はなかなか俯瞰的で良い記事を書き、それを「デイリーヨミウリ」が英訳したと、毒吐き@てっく氏のブログで知った。
 ぜひ回覧してもらいたい。
 人はパンのみによって生きるにあらずだ。

以下てっく氏の丸写しを掲げる。

The Yomiuri Shimbun

読売新聞

Controversy over the so-called comfort women has been inflamed again.
いわゆる従軍慰安婦(戦地売春婦)の論争が再燃した。

The U.S. House of Representatives has been deliberating a draft resolution calling for the Japanese government to apologize over the matter by spurning the practice as slavery and human trafficking.
米下院は日本の政府がその件について、奴隷制度と人身売買だったとして、(日本政府に)謝罪を求める決議案を上程している。

Why has such a biased view of the issue prevailed?
そのような(無知な)偏見が、どうして広がってしまったんだろう ?

The Yomiuri Shimbun carried in-depth reports on the issue Tuesday.
読売新聞は火曜日に(慰安婦)問題に関する徹底的なレポートを載せた。

The writers are Masanobu Takagi, Hiroaki Matsunaga and Emi Yamada of the political news department.
これは、政治部の高木マサノブと、松永ヒロアキ、山田エミによるものです。

Starting today, The Daily Yomiuri will carry the stories in three installments.
今日から、ザ・デイリー・ヨミウリは3つに分けて記事を掲載する。

To discuss the comfort women issue, it is indispensable to understand the social background of the time when prostitution was authorized and regulated by the government in Japan.
従軍慰安婦問題について議論するためには、売春というものが、当時、日本政府によって認可、規制されていたという社会的背景の理解が不可欠だ。

Prostitution was tacitly permitted in limited areas up until 1957, when the law to prevent prostitution was enforced.
売春は(届出された)特別区でのみ認可され、売春防止法が施行された1957年まで黙認されていた。

Comfort women received remuneration in return for sexual services at so-called comfort stations for military officers and soldiers.
戦地売春婦(従軍慰安婦)は、いわゆる慰安所(売春宿)での、陸軍士官や軍人に対する性的なサービス(売春)の対価として、報酬を受け取っていた。

According to an investigation report publicized by the government on Aug. 4, 1993, on the issue of comfort women recruited into sexual service for the Japanese military, there is a record mentioning the establishment of such a brothel in Shanghai around 1932, and additional similar facilities were established in other parts of China occupied by the Imperial Japanese Army.
1993年8月4日、日本軍向けの従軍慰安婦問題についての政府の調査報告によると、1932年頃にかかる売春宿の上海での設置についての記録があった、そして、同様の施設が旧日本軍によって専有された中国の他の地域にも設置された。

Some of them were under the direct supervision of the military authorities, but many of the brothels catering to soldiers were privately operated.
それらのいくつかは軍の直属であったが、戦地売春宿の多くは民営だった。

Modern historian Ikuhiko Hata, a former professor at Nihon University, says the comfort women system should be defined as the "battleground version of civilian prostitution."
現代の歴史家、秦郁彦(日本大学元教授)は、従軍慰安婦制というのは、「民営売春の戦地版」と定義されるべきであると言う。

Comfort women were not treated as "paramilitary personnel," unlike jugun kangofu (military nurses) and jugun kisha (military correspondents).
「従軍」慰安婦は、「従軍看護婦」や「従軍記者」とは異なり「軍属」として扱われなかったのだ。

During the war, comfort women were not called "jugun ianfu" (prostitutes for troops).
当時(戦争中)は、コンフォートウーマン(売春婦)は「従軍慰安婦」とは呼ばれていなかった。

Use of such generic terminology spread after the war.
そのような用語は、戦後に広められたのだ。

The latter description is said to have been used by writer Kako Senda (1924-2000) in his book titled "Jugun Ianfu" published in 1973.
そんな「表現」は1973年に発行された「従軍慰安婦」という本の中で、著者の千田家光(1924-2000)によって(初めて)使われたものとされている。

Thereafter, the usage of jugun ianfu prevailed.
その後、「従軍慰安婦」という言葉が広まった。

In addition to Japanese women, women from the Korean Peninsula and Taiwan, both then under Japanese colonial rule, and China, the Philippines, Indonesia and other countries invaded by the Imperial Japanese Army were recruited as comfort women.
日本人女性と、当時日本であった、朝鮮半島と台湾の女性、および中国、フィリピン、インドネシアという、旧日本軍による植民地の人間によって戦地売春婦は構成されていた。

Hata estimates that 40 percent of the wartime comfort women were Japanese, 30 percent Chinese and other nationalities and 20 percent Korean.
秦は、戦時の従軍慰安婦の40パーセントが日本人女性だったという、30パーセントが中国人女性、20パーセントが韓国人女性、そして残りが他の国籍です。

The total number of comfort women has yet to be determined exactly.
従軍慰安婦の総数は、未だ定かになっていない。

According to a report compiled by Radhika Coomaraswany of the U.N. Commission on Human Rights in 1996, there were 200,000 comfort women from the Korean Peninsula alone.
1996年の国連人権委員会のクマサラワミレポートによると、朝鮮半島から20万人の従軍慰安婦がいたという。

The figure in the report was based on information Coomaraswany had obtained in North Korea.
レポートは、クマサラワミが北朝鮮で得た情報に基づいている。

But this report contained many factual errors, and its quoted sources lacked impartiality.
しかし、このレポートは多くの事実誤認を含んでいて、引用された資料も公平性に欠けるものだった。

Foreign Minister Taro Aso rejected the figure of 200,000 as "lacking objective evidence."
麻生太郎外務大臣は「客観的証拠に欠ける」として20万人説を否定した。

The reasons cited for the need for comfort women and wartime brothels are as follows:
従軍慰安婦と戦時慰安所の必要性の必要とされた理由は以下の通り。

-- To prevent military officers and soldiers from raping women and committing other sex crimes in occupied areas.
-- 軍人による占領地域での強姦など、性犯罪予防のため。

-- To prevent venereal disease from spreading through troops who would otherwise contact local prostitutes who did not receive periodic medical checks.
-- 性病検診を定期的に行っていない地元売春婦による性病予防のため。

-- To prevent military secrets from being leaked by limiting the women who provided sexual services to officers and soldiers to recruited comfort women.
-- 売春婦による、軍事機密の漏洩防止のため。

Such a system and the use of wartime brothels generally are not limited only to the Imperial Japanese military.
一般に、そのような制度と戦時慰安所の使用というのは、旧日本軍だけではなかった。

The U.S. troops that occupied Japan after the war used brothels provided by the Japanese side.
戦後の日本を占領したアメリカ軍は日本側によって提供された売春宿を使用した。

There was a case in which U.S. military officials asked the Japanese authorities to provide women for sexual services.
米国の軍高官が、売春婦の手配を日本の当局に依頼したこともあった。

During the Vietnam War, brothels similar to those established for the former Japanese military were available to U.S. troops, a U.S. woman journalist has pointed out.
ベトナム戦争において、旧日本軍のための売春宿と同様のものを、アメリカ軍も採用していた、と米国の女性ジャーナリストが指摘している。

Hata said:
秦は言う:

"There were wartime brothels also for the German troops during World War II.
「ドイツ軍のための戦時慰安所も第二次世界大戦にはあった。」

Some women were forced into sexual slavery.
そこには、強制的に性奴隷にされた女性もいた。

South Korean troops had brothels during the Korean War, according to a finding by a South Korean researcher."
「韓国軍は、朝鮮戦争の時、売春宿を持っていたという調査結果が韓国の研究者より出されている。」

(Mar. 30, 2007)
(2007年3月30日)



みんな自分の頭で調べ考えてくれたまえ。

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本日の差し入れ

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 スタッフの一人のご主人が、あの不二家、グリコと並ぶ「森永」にお勤めである。
 そのために今日はこんなに凄いものを頂いた。「おっとっと」もあるで。
 でも実はその方、家庭の都合で本日で勤務が終了になってしまうのだ。残務整理を続ける、一人ぼっちのヤブー。

 ところで、受験生Aがんばっとるか?
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本日の感染症

 本日の当ヤブークリニックの主な感染症の動向です。

1.インフルエンザ      1名
2.感染性胃腸炎       1名
3.水痘           1名

 インフルエンザもだいぶ減ってきたようです。私が気管をやられましたから、たぶんもうそろそろ終了でしょう。
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幸福はどこにある?

 人として生まれたからには、誰もが「幸福」になりたいと願うだろう。しかしこの地球の上には、生きることすら困難で「幸福」を望む余裕すらない人の方が多いかもしれない。
 自然環境、国家、地域社会、家庭がある程度安定していなければ、個人の努力ではどうにもならないこともある。幸いわが国は気候もまだおだやかで、治安も海外に比べればまだよいほうである。
 このような日本にあっては、人はみな「幸福」である義務がある。

 ところで最近ある友人から、「幸福はどこにある」というお話を教えてもらった。すでにご承知の方もおられるかもしれないが、ここの読者の方にもお話したい。


 子猫が母親に「幸福はどこにあるの?」とたずねました。
 母猫は子猫に「幸福はお前の尻尾の上にあるよ!」と答えます。
 そこで子猫は自分の幸福を捕まえようと、一生懸命自分の尻尾を追いかけました。
 半日追い掛け回して、息も絶え絶えになっても、子猫は自分の「幸福」に追いつけません。
 がっかりした子猫は、「幸福になるのは本当に難しい。」と母親に嘆きます。
 母猫は笑いながら「お前は、ずっと前に向かって歩き続ければいいのよ。そうすれば幸福はお前にについていくのだから。」といいました。
 それを聞いた子猫は、今度は前に向かって努力して突き進み続けます。
 そして子猫は、本当に「幸福」も自分の後からしっかりと走ってくるのを知りました。


 
 いい話でしょ。
 
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賞味期限切れと捏造が一杯

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 今週の週間文春によるとTBSの「朝ズバッ!」で、みのもんた氏がヤブーの大好物ミルキーの製造元不二家のペコちゃんを泣かせたようだ。
 同誌によればTBS「賞味期限切れチョコ再利用」報道をコンプランス委員会が問題視。「廃業してもらいたい」と言うみのの言葉は根も葉も無いことではないかとある。
 真相は分からないがあのTBSならやりかねない。何しろオウム事件の時に坂本弁護士が殺されるきっかけを作ったのもTBSビデオ問題だ。また昨年当時の安倍官房長官の顔写真を旧731部隊の特集に混ぜた「TBSサブリミナル事件」などもある。
 TBSはみのもたん氏に「廃業してもらいたい」と言われても当然のような報道極だ。
 
 また今週の週刊新潮では元帝京大学教授の高山正之氏が、「変見自在」の中で中国の「南京大虐殺記念館」について書いている。
 これは江沢民が反日カードで建てた捏造見世物館であるが、もとは朝日新聞の大キャンペーン「南京の旅」に端を発している。
 台湾では昨年の9月の新学期から高校では「台湾史」の教科書が登場した。そしてそれまでの「本国史」が「中国史」となり、それまで一頁も割いて強調されてきた日本軍のいわゆるこの「南京大虐殺」が、わずか数行の記述か無記述に変わり、反日洗脳教育的なものが否定されつつあるとのことである。
 変見自在の「汚い記事」の中で、高山氏は先日の朝日新聞一面に「校長ら60人役得台湾旅行」という記事が載ったが、これも朝日お得意の偏向捏造的報道だと書いている。実際は小泉政権時代に日本への観光客を増やすために日本が行った、「Visit Japan Campaign」のお返しに、日本の関係者を招いて八田輿一の烏山頭ダムやオランダの拠点ゼーランジャ城など紹介したのが事実のようだ。
 昨日も靖国合祀を問題化しようと必死である。実に賞味期限の切れた手法と内容である。
 
 昔の朝日に騙されていた時代の教師は、教え子たちに「南京の旅」を読め読めと繰り返し、そのかいがあってか一時は「南京大虐殺記念館」を修学旅行で訪れる高校が結構あったようだ。東邦高校や関東国際高校などの生徒さんは、気の毒に千羽鶴まで折らされて中国まで旅したようである。
 しかしようやく朝日の神通力も消えつつあり、最近は台湾を修学旅行先とする高校も増えているとある。日本への修学旅行生も3年前の2百人から昨年は4千人になったようだ。それはまことに良いことである。

 それにしても最近のこの国のマスコミは、「汚い番組」と「汚い記事」が多すぎる。
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本日の夕飯と感染症

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 夕張メロンキャラメルと沖縄産純黒砂糖使用の「黒棒」を2本食べたが、まだ腹が減ってしょうがない。
 いつもなら水を飲んでごまかすのであるが、今日は近くのラーメン屋さんに行って脂分を補給してきた。

 ところで本日の感染症の傾向であるが、
1.インフルエンザ       4名
2.感染性胃腸炎        3名
3.手足口病          1名

 である。
 夕食を食べた分雑務処理が遅くなってしもうた。
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夕張と受験生の応援

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 私が生まれたのは北海道の芦別市というところである。破綻した夕張市と同じく、マスコミや竹村健一らの囃した「リゾートブーム」のころ騙されて、「カナディアンワールド」なるテーマパークを作って、やはり破産寸前になっている。
 ちょっと前に辛口のブロガーの記事で「涙しか出さない男と金を出す男」というのを読んで笑った。
 確かにPodcast「松山千春 季節の旅人」などを聴くと、歌もいいが気風も良く男気がある人のようである。同じ道産子でも女々しいヤブーはちょっとうらやましい。
 ところで本日は残務整理を始める前に血糖値が70mgを切ってきてボーっとしてきたので、その辺をがさごそ探したら、「北海道夕張メロン キャラメル」なるものが出てきたので、少しエネルギーを補給した。
 そのためか夕張市と故郷芦別市を思い出した。何とか頑張ってもらいたいものだ。私は涙も出さないが・・・。

 そのついでに北海道にあこがれる某受験生Aさんに、キャラメルの写真だけ捧げて応援する。
 

微かに咲いた

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 本日の昼休みにまた満福寺までちょいと散歩に行ってきた。
 東京の桜は満開だそうであるが、ここの桜は2分咲き位かな。
 まあ満開のころに、一度来てみ。花祭りのころが満開かもしれないね。甘茶もあるからさ。
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新しいおもちゃの修行

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 最近オランダ製の超音波を導入して、動脈硬化を評価する試みを始めた。
 「愛国者であるはずのヤブーが、かってのABCD包囲網の一つの国の製品を買うとは、何たること!」と畏友の一人に怒られそうであるが、私は理想主義者ではない。単に割と安くて割ときれいだから、この製品にしたまでである。それに買ったのではない。リースである。
 大学時代にヨーロッパをさまよった時に、ユースホステルの中で昼間からビールを飲んで騒いでいたり、そのすぐ外で「マリファナ」を売っているような国である。アムステルダムの飾り窓は、遠くから観れば誘蛾灯のようで綺麗であるが、いくら若くても君子危うきに近寄らずである。
 それはともかく結構面白く、よく見える。ここに載せた写真は携帯電話で撮ったもので少々あらいが、そのうちデジタル画像で見せてあげよう。
 最初の頚動脈は脳梗塞を起こした人のもので、骨と同じような硬さのプラークが見えるだろう。次のやつは、私の総頚動脈でまあまあの内膜中膜複合体を呈している。
 しかし実は内頚動脈を見ると、結構複合体が乱れ始めていてがっかりしたりする。
 学生時代、脳外科の助教授が「自分の脳のCTを見ると、唖然とする」と言っていたが、私もその年を当に過ぎている。
 まさに「時間バエ達は、一本の矢が好きである。」だ。

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デスノートの秘密

 いま相変わらず残務整理に追われている。
 ところで何日か前に「デスノート」に書きたい人がいっぱいいるので、あの薄いノートで足りるのだろうかふと疑問に思った。
 政財界や法曹界、マスコミ関係をはじめにして、あいつもこいつもと数え始めると、どうもすぐいっぱいになってしまうような気がして心配になった。
 そこでデスノートフリークである中学生Xさんに聞いてみたところ、なんとデスノートは書いても書いてもページが減らない、という秘密があることをはじめて知った。
 この天と地の間には、漫画12巻を3回読み、アニメ版DVDを4巻まで昼寝しながら1回観て、映画版DVDを早送りで1回半観たこのヤブーの哲学でも、計り知れないことがまだまだたくさんあるんだ。
 しかし、「そうか、書いても、書いても、まだ減らないんだ」なんて考えているうちに、高石友也の歌の一節の「剃っても、剃っても、また生える、髭剃りするのがわが人生。やっても、やっても、また負ける、まるーで阪神タイガース」とかなんとか言うのを思い出した。
 そしたら、ふとわが身のことを振り返り、「書いても書いてもまだ残る、電子カルテ書くのがわが人生」なんていう惨めな歌ができてしまった。

 そうか、こんな雑文書いているから終わらないんだ。
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本日の感染症

 本日の当弱小ヤブークリニックの主な感染症の動向です。
1.インフルエンザ    2名(昨日4名)
2.感染性胃腸炎     2名(昨日2名)
3.溶連菌感染症     2名

  昨日でリレンザが切れてしまいました。
 ニュースの影響で、大人の方でもタミフルを希望されない人が結構いらっしゃいます。
 そろそろインフルエンザも終了するとありがたいと思います。
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ある受験生への差し入れ

20070328012424

 今日は運が悪くまたセコムさんに起こされてしまった。回線がうまく稼動しないようで、結局任せて帰ってきた。
 せっかく死ぬ練習をする直前であったのに、すっかり目が覚めてしまったではないか。
 しょうがないので、今週土曜日に試験を受ける友人に差し入れを送る。
 何でも「成功year」という名前のお菓子であるから、味はともかく縁起は良いだろう。
 がんばってくれたまえ。
 ヤブーもう一度寝てみるわ。お休み。
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東方美人

20070327224836

 本日午後4時ころだいぶ気の抜けた状態のヤブーの元に、「日本精神を忘れるな」と台湾出身の友人からの「」が届きました。
 実はお父上の法事で台湾に里帰りされていたのです。
 
 早速「東方美人」をホットとアイスでいただきました。
 スタッフには、「それ以上美人になったら困るでしょ」と飲まないように言ったのですが、みんな飲んでましたね。
 大変上品で美味しいお茶です。
 これをくれたわが友の、奥様が美しいわけがわかりました。
 いや失礼、元から美人なんでした。
 読んでたらごめん。今度台南飯店でも行きましょう。先生のおごりで。
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微かな春

20070327210355

 最近大学に研修に行ったり、夜は夜で残務整理に終われていたりで、すっかり体が弱ってしまった。
 これではいかん。やっぱり歩こうではないかと、昼休みに例の禅寺の満福寺まで、「君がいたから」なんていう古い歌をiPodで聴きながら往復二、三十分の軽い散歩に行ってきました。
 遠目では分からないかもしれませんが、「微かでも、見えなくても」春はすぐそこまで来ています。
 ほら、見えるでしょ。
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意味ある偶然

 昨晩遅くに古くからの知人の訃報の知らせを聞いた。
 彼について少し語りたいのであるが、どうも考えがまとまらない。その混乱したまま綴ってみるので、あいまいなまま終わると思うがお許し願いたい。

 開業して2,3年目のことだったと思うが、大学の同窓会会報の「開業してます」という紹介コーナーに雑文を頼まれたことがある。
 その中で人生を生きるに値するものにする最大綱領に関して少し触れ、ある評論家の説をそのまま頂戴して書いた。
 正確な記述は忘れたが恐らく、1.尊敬するに値すると思える一人の友。2.繰り返し読むに値する一冊の本。2.愛するに値すると思える一人の伴侶。4.繰り返し自慢できる一つの思い出。5.愛するに値する家族。の五つであったと思う。
 平和な時代にあっても人生は危険に満ちた冒険であり、前記の5つのうちの一つでも手に入れることは案外至難の業である。例えば一人の友がいないがゆえに、多くの無駄話をする相手が必要になり、再読に値する一冊の本が得られないがために、くだらないバラエティー番組を観ざるを得ないのかもしれない。
 そして私はたまたま自治医科大学に入学することができたために、そのかなりの部分を手に入れることができた、と感謝の言葉を記した覚えがある。
 
 今年の1月7日に私は愛するに値すると信じる娘2人を連れ、古くからの知り合いを自治医科大学附属病院に見舞った。何年か前から悪性の腫瘍を患っていたその人が、この春を迎えるのは難しいかもしれないことや、たまたまそのころが小康状態で話好きの彼の病室が千客万来であることを、大学に勤務している親友みたいな黒木先生から聞いての行動であった。わざわざ子供らを連れて行ったのは、私なりにある種の感謝の意を表したかったからである。
 彼とのある種の交流は私の大学入学以来であるから、30年以上も前からの知り合いである。と言っても、非社交的な私は他の同窓生のように、個人的な付き合いが深かったわけでもないし、彼が薦める一冊の本も読んだことがない。
 それでも何かしら縁があったようで、お昼休みなど彼の店の事務室でしばしば「風土」とか「一神教と多神教」などについて話をしたりした。また、私が演劇に関心を持ち主演男優まで演じた時に、主演女優を演じてくれた女性は当時彼の店で働いていた職員であった。
 またある時、卒業してから週一回の研修で大学を訪れた折、なんでそうなったかはよく覚えていないが、現在彼の長女の旦那となっている当時少々やる気のない状態であった後輩の学生に、2時間ばかり「医者になることの奨め」みたいな話をした覚えもある。
 見舞いの時、私と娘らは死の前兆である「ヒポクラテス顔貌」を覚悟して病室に入ったのであるが、以外にも彼はこちらが圧倒されるような勢いで2時間近くしゃべり続けた。
 話した内容は「一神教と多神教」などの懐かしい話や、五木寛之氏が自分の言いたいことの多くを書いていること、そして私のような一代限りの医者と代々続いた医者との違いなど、多岐にわたった。
 そしてたまたま彼の口から「意味ある偶然」という言葉が出た。私もすぐ「シンクロニシティ」と同じ言葉を繰り返し、彼の店がなければ今の自分も家族も無かっただろうことを告げた。
 彼は「偶然は誰にでも訪れるが、それを意味あるものにするためには、ある種の縁を感じる能力が必要である」と続け、それまでに積み重ねられるべき内側での見えざる準備について言及した。

 むろん私ごときがいまさらここで述べるまでも無く、彼や彼の店が縁でその後の人生が大きく変化したと言えば、おそらく自治医科大学のすべての同窓生がそうであろう。


 しかし私はここでもう一度感謝を捧げておきたい。

 社長さん。私はあなたが大勢のために準備してくれた「書房」で、自分の血となり肉となる一冊の本を偶然手に入れることができました。
 人生に必要なことの多くは、教室ではなくあの書店で学びました。
 私の人生は無意味ではなかったと思います。
 そう遠くない何時か、「縁」の不思議さについてまた語りましょう。

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今夜はいわて蔵ビール

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 昨夜某いわて県でこのたび開業した畏友から、お礼のメールが届いた。医院の来院患者さんも初日、二日目にしてはまずまずのようで安心した。
 このブログのたまの読者でもあるようで、ある拙文を褒めらていただいた。開院したばかりではいろいろと混乱したりして忙しいのに、わざわざ読んでくれて恐縮している。
 私も私が終わるまで永遠に終わらない残務整理を切り上げて、今夜は彼の前途を祝して久々にビールを飲むことにした。「いわて蔵ビール」という、朴訥としたペールエールだ。
 肴はいつものスルメと、かぼちゃの煮つけ、湯豆腐、そして日本人ならやっぱり鯨のたたきだべさ、という感じである。
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本日の感染症(訂正)

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 本日の当ヤブークリニックの主な感染症の傾向です。

1.インフルエンザ       4名(確かB2)→6名でした。

まだ残務整理中ですが、ふと後ろに変な気配を感じたので、振り返るといつものジュラスとトトロがいるだけでした。
ミルキーも切れて、腹が減ったためかも。
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不二家のミルキーゲット

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 本日の休日診療は予想以上に多く、29人がみえた。
 そのうち3名の大人は、外科系の先生が診てくれたので、私が見た患者さんは26名である。
 確かインフルエンザAが2名と、インフルエンザB5名である。ほかにも家族にインフルエンザ患者がおり、Aの発病に間違いない方を入れると、一日で8名のインフルエンザウイルスを浴びたことになる。これは最近まれに見るハザードである。
 疲労困憊した私は、何ヶ月ぶりかでミルキーを手に入れ、いま疲れた心と体を癒している。

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小山に出張

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 本日は朝から雨である。
 午前10から午後4時まで、小山市の保健センターで休日当番があり、これからそこに向かわなければならない。
 そこで、いつものように規則正しい朝食を摂る。
 りんごとバナナといよかんと納豆である。最近かなり野菜が不足している。それにこれでは4色程度の色彩しかない。そろそろ基本に戻った食事を考えなくてはいけない。
 残務整理もかなりたまっており、先日入った新しいオランダ製の超音波の操作法を習得しなければならない。
 心の中は少し曇っている。
 それではまた生きていたら夜にお会いしましょう。

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暑さ寒さも彼岸まで

 河島英五の「ベナレスの車引き」という歌の中に、「聖なる川に身をゆだねる人々、生きることよりも死ぬことを願っているようだ」という歌詞がある。
 最近のお子さんの中には苦しさから逃れるために簡単に自ら命を絶つ人もいるが、たいていの若い者は美しい死にあこがれつつも、やはり死ぬことは怖いという人の方が多いと思う。私はどちらかと言うと人よりも死ぬことが怖いほうであったが、その理由は何よりもまず「意識」が永遠に無くなるという感覚に耐えられなかったからだ。
 小学生のころから夜になり、この無限とか永遠とかについて考え出すと、しばしば発狂しそうなったことを覚えている。こういう感覚から逃れるためには、思考を停止させるか死後の意識を想像することになるが、死後の世界の存在を期待することは私にあっては小学生のごく短い期間で終了した。
 ある本で、お釈迦様の修業の一つの座禅は、感情や思考の動きを止め、一時的に死んだような状態になることである、という話を読んで少し納得したことがある。自ら座禅や瞑想に凝った時期もあり、自律訓練法や自己催眠は最近でもしばしば行う。睡眠中は意識がなくなるのにそれを待ち望み、眠れないと逆にいらいらするから、睡眠は毎晩死ぬ練習をしているようなものである、と中村天風の師匠のカリアッパ氏が言っていたようであるが、なるほどそうかもしれない。
 
 ところで私は先日の彼岸の中日に両親と墓参りをした。私の両親は兄と私の間の男児を3歳の時に病で失っている。「老少不定」とは言うものの、わが子を亡くすことの無念さは親になれば身にしみて分かる。
 両親はその悲しみに耐えながら、私たちを育ててくれたのであるが、その亡き子の名前を呼びながら、「早くそこに行きたいよ」と唱えられたのにはいささか参った。
 しかしその気持ちも分からないでもない。
 子育てを終え、孫たちの成長もある程度見届けた今となっては、早く楽になり休みたいという気持ちもあるのだろう。曾子のごとく、日々健康に気をつけて戦々恐々と薄氷を踏む思いで子供たちを一人前にしなければと生きてきたであろうが、それに疲れてしまうのも理解できる。
 今が決して嫌なことばかりだというわけではないが、死ぬのも辛いが生きているのも辛いという気持ちは誰にでも生じうる。そして、その感覚は加齢とともにつよくなるのかもしれない。やがては誰でも日々やるべきことはやり続けているのであるが、生きつつ死ぬことを願うように生きる時がくるのではなかろうか。
 であるとすれば、老年にあっては、死は待ち望まれる安らぎということになる。
 まさに、暑さ寒さも彼岸までだ。
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ラッキー・セットの証拠

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 本日はデスノートの前編を横目で眺めながら残務整理をした。
 テレビで観たときは気がつかなかったが、Lの最後の台詞に関連のあるワンカットを見つけ、なるほど映画もそれなりに奥が深いな、と思ったしだいである。
 ところで、本日の午前中ヤブーの雑文の読者の一人がみえたおり、私がラッキー・セットをゲットしたと、ミサミサのデスノート型ケースを見せてあげた。
 私が本当にあたった証拠をあげておきます。
 ね、ヤブー嘘つかないでしょ。

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本日の主な感染症

 本日の当弱小ヤブークリニックの主な感染症の傾向です。

1.インフルエンザ     3名(B2名)
2.感染性胃腸炎      4名

 10歳以下の方はB型でもあり、リレンザを希望された方がおりました。
 そろそろインフルエンザも落ち着いてくれるといいのですが。
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インフルエンザ14歳男子、タミフル服用せず飛び降り

インフルエンザ14歳男子、タミフル服用せず飛び降り
3月23日3時7分配信 読売新聞


西日本で先週末、インフルエンザにかかった男子(14)が、自宅2階から飛び降り、足を骨折していたことがわかった。タミフルは服用していなかった。

主治医によると、この男子は15日、38度の熱があり、翌日いったん熱が下がったものの、17日未明に自宅2階から飛び降りたとみられ、玄関先で倒れているところを...
インフルエンザ14歳男子、タミフル服用せず飛び降り


スーパーサイヤ人さんから戴いたTBの記事である。
 医師会のMLなどを見ると、タミフルの基本構造が幻覚剤と類似しているので、以前から使わないという先生もいる。
 ある薬学関係の人は、不純物を疑っているようだ。
 薬を使わなくても、幻覚は瞑想や催眠で幾らでも作れるから、なかなか真の原因は分からないかもしれない。
 残念ながら医学は間違いの歴史でもあり、間違いの中からわずかに新たな真実が分かってくる。ある程度は仕方の無いことではあるが・・・。
 
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本日の主な感染症

 本日の当ヤブークリニックの主な感染症の動向です。

1.インフルエンザ        3名
2.感染性胃腸炎         3名
3.溶連菌感染症         1名
4.マイコプラズマ気管支炎    1名

 インフルエンザの方は10代の方が2名です。当然タミフルは処方しませんでした。お一人がリレンザを希望しました。今年は何時まで続くんでしょうね。
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一関土産

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 21日開院した悪友の元へ使節として送った、我が相方の土産が本日届いた。
 今日はこれを肴に、赤ワインを飲んでいる。
 酒は量なし乱に及ばず。

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ラッキー・セットをゲット

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 改めてDVDの中を見たら、ラッキー・セットとか書いてあった。
 特典DVDのジャケットが、海砂のデスノートになっているようだ。
 この貴重なラッキー・セットを
 手にしたあなたは
 幸運の持ち主
 て書いてあるから、見せびらかしときます。
 何が幸運だか?
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