本日「健康管理」について講義された先生も言っていたが、日本人の多くの人は確率的な考えが苦手だそうだ。
 例えば医学的な話では、病気の予防は第一次予防から第三次予防までに分けられる。第二次予防というのは、実は病気の早期発見であり、第三次予防というのは、再発悪化を防ぐことである。
 それでは第一次予防というのは何かというと、発症確率を低下させることであり、個人的なレベルで絶対的に病気を起きないようにすることではない。その介入をある集団に行った場合、全体として発症割合が減少した場合に予防効果があるという。
 したがって、インフルエンザの予防接種なども、結果としてワクチンに含まれている型が合った場合の「発症確率」を下げるものでしかない。
 日本人のこうした考え方による弱点というか特徴は、医学部門以外でも随所に見られるようだ。例えば「戦争」や「いじめ」の問題に関しても、「あって欲しくないこと」と「あってはならないこと」を混同する傾向がある。
 昔の日本人は「仕方が無い」という、無常観というか諦観もあったようであるが、今のマスコミなどを見ると、憲法による「戦争放棄」を謳い「命の尊さ」を知れば、戦争もいじめもなくなるような論調が一部で見られる。
 欧米人は「戦争やいじめは決してなくならない」というリアリズムの立場で現実的対処法を考えるし、中国人などはまず金銭的利益を第一に考えた発想をする。
 ひょっとしたら、日本は例の「言霊の国」神話時代からあまり変わっていないのかもしれない。もちろん「言霊」は一つの理想でありなくしてはいけないが、もう少し現実を見てはどうだろうか。

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20070211192224

 どういうわけかまた本日も自治医大に研修に行ってきた。
 昨日のアスクレピオスの絵をもう一度見てみたら、レリーフではなくて絨毯のようなものであり、自分の眼の悪さに驚いた。
 今日は昨日よりは窮屈な講堂の椅子に座るのもだいぶなれ、30分程度意識が飛ぶことがしばしばあったが、高血圧を中心とした「生活習慣病」の話と「救急処置」の話は結構面白かった。
 別の先生の講義に出てきた、「絶対に謝ってはいけない某国」の話や「キムタク」の話も眠気覚ましにはなかなか良かった。
 実は個人的には「結婚記念日」らしい明日も朝から夕方まで研修で、相方にはまたうらまれているようである。
 しかし臨床をやっていると講義は役に立つのがよく分かるが、学生時代はほぼ5年間一般教養に費やしてしまった。当時同じような生活を送っていて、今は医学生教育に情熱を燃やしている友人の話では、「僕も先生も今の時代なら決して医者になれませんよ。」ということである。
 いやー、昔の医学生でよかった。
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