きみはふたたび 全身の力で
しかし今は 暗く乱れ咲く 青春の
死の花々の蠱惑のさなかで
生きることを選ぶのだ。
そして 生きるとは
屈することなく選び続けること。
死ぬことをも含めて    (「大学の庭で」)


 人は度々運命的な出会いをする。
 昔は結構な文学青年であった私も、何冊かの本と出合い人生が変わったような気がする。
 まぐれで自治医科大学に入ったものの、あまり勉強に関心が持てず鬱々と過ごしていた2年生の春、いつもの如く地下にある大学書房で本を物色していて、たまたま飛び込んで来たこの詩に軽い戦慄を覚えた。
 清岡卓行詩集(角川書店)の中にある、147行もある長い詩の一節である。爾来この詩集はしばらく私の支えの一つとなった。
 繰り返し開いて朗読したものだから、この詩の部分だけがページが黒ずみ飛び出している。朗読しながら何度と無く、涙を流していたから結構危ない世界に近づいていた。
 しかし氏の芥川賞受賞小説「アカシアの大連」ではないが、自分にもこの詩があれば何となく生きていけるかも、とよき錯覚を与えたくれたありがたいものである。
 


きみは選ばなければならない
きみのたどるひとつのさびしい学問を。
なかば 偶然のように。
そして なにものかに 深く羞じるように。
(おそらく きみの見知らぬ
 この世の悲惨な現実に
 直感的に
 無意識的に羞じらって。)


 どのパートをとっても、美しい。
 「二十歳のエチュード」を残して入水した友人の原口統三に向かって、動物的本能が立ちはだかって自分の論理に誠実ではなかったかもしれない羞恥心を抱きながら、とくとくと語りかける思い。それは今読んでも、実存的問題に悩むすべての若い人の胸を打つと思われる。
 いつか「大学の庭で」という小説でも書きたいと思いつつ、平凡な30年近い時が流れ、生活の苦労ばかりで死は近づいても詩からはすっかり遠ざかってしまった。
 今月の5日に氏の訃報が流れ、私は心の師をまた一人失った。
藪の眼にはもう涙も出ない。


清岡卓行氏=詩人・作家
2006年 6月 5日 (月) 12:40
 詩人で芥川賞作家の清岡卓行(きよおか・たかゆき)さんが3日午前6時40分、間質性肺炎のため死去した。83歳だった。告別式は親族で済ませた。喪主は妻で作家の岩阪恵子(本名・清岡恵子)さん。
 満州(現中国東北部)大連生まれ。戦後、詩人としてデビューし、敗戦で失われた故郷と亡き妻への思いを描いた小説「アカシヤの大連」で1970年に芥川賞。叙情性あふれる詩や小説を発表し、79年に中国紀行「藝術的な握手」で、90年に詩集「ふしぎな鏡の店」で、2度読売文学賞を受けた。


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20060609131232


 今日の朝は恵みの雨が降り、3日坊主の散歩は4日で止まった。
 おかげで患者さんも少なく、懐もさびしい。しかし不思議と昼になると腹は減る。
 最近は抗炎症ダイエットの第1期を行っているので、野菜と果物しか食べていないのであるが、夜のスルメとビール1杯は例外にしている。
 本日は老妻が昼飯を作ってくれたので、昼だけ抗炎症ダイエットを中止して、玄米ご飯と玉子焼きと肉と野菜の炒めものも食べることとした。
 今朝の体脂肪が19%であったから、まあいいであろう。
 今夜からまた厳しい抗炎症食が再開される。

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【2006/06/09 13:12】 | 雑感


じー
う、うらやましい。
明日の若妻手作り昼食画像も楽しみにしておりますゾ。
と、プレッシャーをかけておこう。



バカ妻
ヤブーさんちのバカ老妻は毎日5時に起きて子供達の為にお弁当を作っています。でも好き嫌いなく素直に何でも美味しいと食べてくれる子供達とは違って、ヤブーさんは、肉・魚は食べない、油は使うな、云々と煩いのです。これで作れるお弁当で、高校生の息子が満足できるレシピがあったら教えてください、じー様。


ヤブー(管理人)
>>じー様
いやあ、いつもはイレブンの和風幕の内を冷で食べるですが・・・。
バナナとミカンは各一個しか食べませんでした。1.5単位位オーバーしそうですからね。ちなみに玄米などの全粒穀物もターゲットに達するまでは控えるんですが、私も作ってもらった以上は食べないともったいないのでね。i-277



ヤブー(管理人)
子供はある程度好きなものを食べていいんです。
私の場合は臨床家でありかつ研究者なので、患者さんの為に好きな肉やお菓子を制限しているのです。
その点誤解のないように。いやー、モルモットは辛い。

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