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 今の医学生たちには信じられない話かもしれないが、30年も前の母校では実習以外の講義では出席もほとんど採られなかった。遅く起きて大学へ行っても病院の地下にある書店に直行し、好きな本を物色したり立ち読みしたりして日がな一日過ごすこともあった。
 若さというものは一寸した出来事を運命的な出会いと感じさせたりするが、私もその本屋で体が震えるような数冊の書物を得た。本好きの方にはお分かりだろうが、本のほうから自分に「手にして読め」と語りかけてくるのだ。
 福田恒存の「人間・この劇的なるもの」もそのような一冊である。氏の名前はどこかで既に承知していたが、「なにやら難しいことを言う人」程度の印象しか無かった。あるいは高校時代に兄の影響でニーチェを少し読み、その流れでサルトルの「嘔吐」と言う小説を何度か読んでいたためかもしれない。とにかくあの「愛は自然にまかせて内側から生まれてくるものではない」という出だしで始まる氏の人間論は、その後の私に少なからず影響を与え続けている。
 人間が「生きがい」や充実した「生の実感」を感じるために、個人は「全体」を認めなければならない。という氏の考え方に、いまの若い人はきっと疑問を抱くだろう。しかしこれは平たく言えば、例えばコンサートなどで大好きなアーティストや他のファンとの「一体感」を味わいたい、という素朴な気持ちと同じようなものである。
 同書の中で福田氏は、人間は自然と調和するための折り目としてさまざまな「儀式」を考え出したと述べている。クリスマスはキリスト教最大のお祭りであり、単にイエスの誕生日であるだけではなく、冬至のお祝いでもあるとも言う。日本の皇室が行う新嘗祭も、もともとは冬至の月である旧暦11月中旬の卯の日を太陽の復活を祈る祀りと、豊かな実りを感謝する祭を合体してできたもので、太陽暦では12月中旬ごろに行われていたそうだ。
 それはさておき、この書物が縁となり少しばかり演劇に興味を覚えるようになった。福田恒存氏は当時現代演劇協会の理事長で、「」という劇団を主宰していたので、文京区本駒込にある協会所有の三百人劇場には学生時代からしばしば足を運んだ。結婚して子供が生まれてからも、家族と共に「アルジャーノンに花束を」やシェークスピアの小品などをいくつか観た。   
 中でも「クリスマス・キャロル」は子供らにもストーリがよくわかり楽しめるので、我が家の恒例の年末行事のようになり何年か通い続けた。たしか脚本が2回変わったが、個人的には最初のものが一番好きだ。当時はまだ小さかった子供らも、観劇した後は「さあ、市場へ繰り出そう。帽子を忘れるな。ポケットに小銭さえあればそれでいい!」とよく歌っていた。今でもきっと歌えるだろう。友人のご家族とも一緒に観たし、両親を誘っていったこともある。
 だが開業などというちょっと愚かなことを始めて以来、人並みに生活の苦労で忙しくやがて劇場からすっかり足が遠のいてしまう年月が続いた。三人の子供たちもだんだん大きくなり、親との関係からそれぞれ大学、高校、中学の友人関係へとシフトしつつあり、以前ほどは家族皆での行動を楽しみにしなくなってきた。
 福田恒存は1994年の11月20日に逝去され、現代演劇協会および劇団「昴」は次男の福田逸氏が故人の遺志を継がれている。恒存氏亡き後も「恒存回顧」などで何度か訪れ、たまたま入った劇場前のお寿司屋さんで逸氏の話なども伺ったりもした。なんとなく時間さえあれば何時でも「三百人劇場」を訪れることができ、そうすれば若い日の情熱や家族が一つになって観た劇の思い出を辿れると思っていた。勝手なものである。自分と同じく世間も動き、劇場の維持経営がどんなに困難なものかを考えていなかったのだ。
 今年の9月に「三百人劇場」が来年で閉館になるというニュースを知った。ブログで少し知り合いになった逸氏に伺ったところ、あの「クリスマス・キャロル」も今年の12月公演が最後だそうだ。今私は自分の原風景の一部が少しずつ壊れていく感覚に襲われている。
 ご存知のようにチャールズ・ディケンズのこの小説は、若いときの優しさや情熱を生活苦ですっかり失い、とてもけちで頑固、嫌われ者になった老人スクルージの回心・復活の物語を、キリストの誕生を祝うロンドンの町の光景を舞台に描いたものである。クリスマス自体が「冬至」という死を乗り越え、春の復活祭につなげるお祭りであり、「クリスマス・キャロル」も「自分さえ儲ければいい」という金持ちの利己主義的な考え方を死なしめ、キリスト教の博愛と言う精神を復活させる劇である。
 「勝ち組、負け組み」などと言うことばが喧しく言われる昨今、誰の心にもスクルージがこっそりと住み込んでいるかもしれない。開業以来小さな医院経営で苦労している私には当然何人も住んでいる。今年の12月には久しぶりに妻と子供らを誘い、三百人劇場で最後のクリスマス・キャロルを観たいと思う。
 浮世の汚れた心をしばし忘れ、家族皆で自分たちにも美しさや優しさがあるのだということを思い出すためにも。


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【2005/11/08 22:05】 | 雑感 トラックバック(0) |