藪の眼には涙もでない

藪医者ヤブーのブログ 健康に関すること。独り言。 患者さんの話はフィクションです。

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電車に乗れた

 先日長い付き合いのパニック障害の患者さんがみえた。数ヵ月前に出産されてヤブーが髭すりすりしてあげたお子さんも一緒である。 赤ちゃん顔から幼子顔になり時の流れは早いものだ。私の頭も白く禿げてきても仕方ない。
患者さんもすっかり母親らしくなり、子供を抱っこしたまま階段から滑り落ち、自分の背中はかなり痛んだが、赤ちゃんは離さずに無事だったという武勇伝も聞かせてくれた。すかさずに、「赤子から肌を離すな」の話をして誉めてあげる。
 それからもう一つ、「電車に乗れたんです。」と嬉しそうに報告する。これには普段愛想の良くない私も思わず喜びの声を出してしまった。
 前回の診察の折り、どうしても電車に乗りたいからと、パキシルの継続服用を希望されていた。以前にも服用していたが、妊娠出産の時に心身安定剤のみにしていたのだ。妊娠中は結構発作があり大変な時もあった。
 育児にも少し慣れ、自分の夢を実現させたくなったのだろう。実は以前に催眠療法をしたことがあり、病気を乗り越えたら何が見える?と問うたところ、ご主人とお子さんと共に楽しく電車の旅をしている姿が見えたからだ。 聞いたところ、まだ三人で一駅を往復しただけだという。けれどもいいのである。いつも電車に乗っている人は笑うかもしれないが、乗り方を忘れた彼女にとっては大きな躍進だ。
 まさに希望は現実を動かす妙薬である。

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テーマ:パニック障害(PD) - ジャンル:心と身体

ヤブーのレシピ(小豆の煮豆)

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材料:小豆1.5カップ、味噌大さじ2杯位、三温糖大さじ2~3杯。
小豆は適当な量の水に一晩浸けて軟らかくする。鍋に小豆を入れ、沸騰させる。
沸騰したら火を弱め、小1時間ほど煮る。
小豆がやわらかくなったら、味噌と砂糖で味付けし、水がほとんどなくなるまで焦がさぬように煮る。
お皿に盛って出来上がり。
三人前くらい。約100Kcal、塩分1.3グラム程。
小豆はマグネシウムなどのミネラルが多い。炎症を抑える色素も豊富。利水作用あり。
これはさすがに私自ら食べるのは危険だと思い、まず珍しく机に向っている息子で人体実験をする。不味そうな顔をしたが、飲み込めたし吐きもしなかったからまず大丈夫だろう。たぶん健康に良いものが好きな人なら食べられる。
我が家の子供らは健康より味のようである。
仕方がないのでまた水を加え、三温糖をうんと足して餅を入れ、善哉にして食べさせた。
今日のレシピは改良の余地がある。


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テーマ:ダイエット - ジャンル:心と身体

名前をつける

 開業医という商売をしていると、時々何と読むのか難しい名前の患者さんにお会いすることがある。最近の子供の名前にはしばしば当て字的なものが多い。漢字と意味が乖離しているのだ。
 ヤブーが若い頃読み耽ったある碩学は、「命名という言葉があります。これは名をつけるという意味ですが、絶対という意味がある。この子供にこの名を与える、名の如くこの子供は、心構えをもち修養すれば、それでいいのだ。その他のことはいらない。教学的にいうならば必然にして充分だというような名のつけ方を命名というのであります。」と述べていた。
 これを踏まえて最近の一部の風潮をあるブログで少々笑ったところ、そこの管理人さんは「名前にいい悪いはありませんが、軽い名前はあります。軽いから悪いというのではなく、花の種みたいに軽いというわけです。ちゃんとした土に植えて肥料をあげて大きく育ててあげないと軽いからどっかに飛ばされて何もなくなるという名前が最近は多いですね。これは大人、親がしっかりしなさいということのようです。」と返答された。
 そこで私も少し考えた。そう言えば最近の若いご両親は、いわゆる戦後民主主義教育を受けられており、しなやかで美しい大和心に論理と強さを与えてくれていた漢学の素養が少なくなっているのは確かである。それならば漢字を「響き」や「感じ」だけで用いる現象が起こっても不思議は無い。これは意外と古代日本人が経験していた現象に近いのかもしれない。
 多分ユニークな漢字を用いて命名されたご両親は、「フィーリング」を第一に考えられたのであろう。漢字を別にすれば、そこには美しさや、強さや、優しさなどが確かに満ちており、それなりにご両親の子供に対する祈りがある。
 しかしそのブログの管理人さんが仰るように、名前は単につけるだけでは子は育たない。重い名前であろうが軽い名前であろうが、子供が生まれてから真に親の成長が始まる。自分の名前の物語を語り継ぐための序盤戦の責任の大半は親にある。
 故土光敏夫氏の御母堂が創立された橘学苑の石碑に、「正しき者は強くあれ」と刻まれているそうであるが、子供の優しさや美しさを開花させるにも親そして子供自身の剛さや忍耐が必須であることは言うまでも無い。

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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

ヤブーのレシピ(葱の蒸し焼き)

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長ネギの蒸し焼き
材料:
長ネギ3本
オリーブオイル大匙1杯
醤油小さじ1杯
バルサミコ酢小さじ1杯
作り方:
長ネギを洗って適当な大きさに切る。
火にかけた鍋かフライパンにオリーブオイルを入れて、
温まったら切った長ネギを入れて炒める。
少し焦げたらふたをして弱火で20分程度蒸し焼きにする。
ネギが柔らかくなったら、醤油とバルサミコ酢を加えて
少し炒める。皿に盛って出来上がり。(約2人前)

長ネギの白い部分は、「葱白(そうはく)」という漢方生薬。
風邪のひき始めで汗が十分に出ないときに摂ると、発汗、
解熱作用がある。また、ネギにアリシンなどの成分が含まれ、
がんや動脈硬化の予防作用もあるかも。
1人前:約100Kcal程度、塩分約0.5g
味付けは、ゆずぽんなどでも良い。薄ければ適当に味は濃くする。

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テーマ:健康第一 - ジャンル:心と身体

ヤブー就学時健診に行く

 今日の午後ヤブーは校医を担当している近所の小学校に就学時健診に出かけた。したがって唯一の楽しみである午後の昼寝がまたつぶれてしまった。
 来年の新入生は21人であったが、本日私の健診を受けたのは20人で1人足りないと思ったら、灯台下暗しでその子は私が最近おたふく風邪で診ている子だとか。休んで当然である。
 昼寝という楽しみは失ったが、昔からみたような子が何人も居て別の喜びを得たから、人生は良さも悪さも半々か。幸い特別に問題のあるような子は居なかった。
 例のごとく終了すると校長室でしばしの談話がある。今日は教育委員会の人と三人で茶飲み話をした。
 話題は少子化の対策を考えろといわれているとか、年金問題とか医療費がまた上がるとか嫌な話ばかりであるが、そこは皆教養人であるから総て笑い話にしてしまう。
 しかし教育の問題といい医療の問題といい、家庭に問題がある場合が結構あってどうにもならないという話も出た。学校で問題を起こすような子は、家庭に問題がある子がやはり多く、そのような家庭は学校も手が出しようがないということだ。
 そりゃそうだろう、大体において問題のある家庭のご両親は問題意識が欠けているから問題なのであり、それをいくら問題にしようとしても問題外だ。
 医療の場においても、サポートシステムやセイフティ・ネットがどうにもならない方が稀にあり、医療ではお手上げという患者さんも居る。というか、ごく普通の家庭というのが案外難しく、意外と少ないとも思えてくる。まあ医療や教育で総てを解決しようとする方がおこがましいのだけれどね。
 昔は上医は国を治すなんて云ってたけれど、医療は医療にしか出来ない限界をまもるべきかな。そのうち医療保険も無くなり、昔のようによっぽどのことがないと医者にかかれぬという時代がまた来るかもしれない。
 その頃は昼寝がつぶれる心配もいらず、あの世でゆっくりと休んでいるかな。

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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

内視鏡の多い週

 今週は内視鏡の多い週であった。多いと言っても何十人もいた訳ではない。医者が一人で潰れかかったクリニックである。内視鏡を使用した後には、肝炎やピロリ菌の内視鏡による感染を防ぐために消毒をしなければならない。だから一日一人がやっとである。
 多いと言うのは火、水、木と一人ずつ居たと言うことだ。これはヤブーのように何も出来ない科のクリニックとしては珍しい。実は先週も3人くらい居たから、儲からない科も標榜している当院としては、稀有な月である。
 一人はパニック障害で普段見ている患者さんであるが、毎年10月に簡易人間ドックを希望され、その検査項目の一つとして受けられる。この方は催眠にも非常に入りやすいので、阿吽の呼吸ですると飲み込め、いつものように軽い胃炎だけであった。
 二人目は毎年他所の診療所で胃のポリープのフォローを受けた患者さんであったが、なぜか今年はここでしてくれといらした。経過を観るのには慣れたところが良いと言ったのであるが、来るものも去るものも拒まずの主義のヤブーとしては是非も無く引き受けた。ところがこの人は、実は毎年大変な思いをして飲んでいると言う。内視鏡前の血圧測定や聴診でも緊張されているのが分かる。それで意識を低下させてやりますか、と聞いたところ是非そうしてくれと希望する。
 セルシンなどを注射するとぼーっとなり、逆行性健忘が起こるので内視鏡の時の苦しい感じを忘れるので好んで使う先生もいる。私個人としては殆ど使わない。20年以上細々内視鏡を行っているが今までに数名程度であった。
 とにかくそれを使ってやったのだが、やはり飲むときはかなり抵抗された。ヤブーが内視鏡を教わった先生の流儀はマウスピースは後からくわえていただく。マウスピースというのは内視鏡をかまないようにする道具であるから、内視鏡のためには最初からくわえてもらった方ががよいのであるが、内視鏡を飲むときは口にしていないほうが一般に飲み込みやすい。大体そのスタイルでやって来たが、どうもその患者さんはマウスピースを最初からくわえないと飲み込めないタイプの様である。マウスピースは無いのですかとおっしゃり、そのようにするとすんなりと飲んでいただいた。やはり人間にも条件反射が成立する。飲んだ後はポリープの「生検」といって顕微鏡検査をするために摘んで終わりである。その後はセルシンが効いてしばし眠られて、起きた後に電子カルテの「ダイナミクス」と共に使用している「RSBase」という検査ファイリングシステムで説明し、自宅でも写真が見られるようにCDロムに落としてあげたら大いに喜ばれた。
 三人目の昨日は初めて内視鏡を行うという男性であったが、男性にしては堂々としてすんなり飲み込まれた。潰瘍があったので数箇所生検をしておいた。
 という具合で内視鏡の週は終わりである。私も2回飲んだが確かにビールよりは飲みにくい。


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テーマ:医療・医薬 - ジャンル:心と身体

削除して忘れる

 目の前に実際にいる人に対してはその人との距離を測りながら対応出来る。相手の表情や動き、言葉を判断しさらにこちらは出方を考える。
 しかしインターネットの世界では相手が観えない。顔さえ観えればどういう人かは分かるが、その最低限の情報すらない。そういう関係は厳密な意味では人間関係ではない。
 普段つきあいのある人との間では、文章のやり取りだけでもある程度真意が分かる。だがメール等では、こちらとの間合いも考えないで出してくる人も稀にいる。掲示板やブログのコメントやTBにおいてもそれは言える。
 私も何十年か前からコンピュータを細々と使っているが、使うメリットとデメリットを比べれば個人的にはデメリットの方が遥かに多い。コンピュータは基本的に時間泥棒である。それなのに使うのは、そういう社会になりしょうがないからである。今までシステムが新しくなったり、新しいソフトを導入するたびにどれだけの労力と時間を無駄にしたことか。
 現実面で私は嫌々コンピュータを使っている。だからバーチャルな世界では割り切ることにした。私は知人には嫌なメールや気に食わない書き込みやTBは直ぐ綺麗に削除して忘れることを勧めている。
 私自身も匿名であろうが実名であろうが、自分の気に食わないコメントやTBは直ぐ消して忘れることにしている。現実はままならないが、バーチャルな世界ではそれ位の我がままは当然であるし健康のためでもある。
 

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テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

思い出す

 催眠療法をやっているとごく稀にだけれど、教科書に乗っているような体験をすることがある。
 何年か前まだ熱心に催眠をしていたころ、ある患者さんが外出すると尿意が気になり困っていると相談にみえた。その人はいつもトイレがある場所を確認しないと運転が出来ず、電車にも普通電車には乗れないと言う。自宅ではそうならないから、いわゆる神経性頻尿という奴であるが、その患者さんは何故そうなったかを知りたいとおっしゃる。
 ヤブーは退行催眠は時間がかかることが多いので、実は余りやりたくなかったが、熱心に希望されるので土曜日に友人が来てくれる日に何度かセッションを入れた。
 モチベーションが高いためかよく催眠に入られて、年齢退行も割りとスムーズに進んだ。今では名前も忘れている近所の幼馴染と、基地ごっこか何かをして遊んだ楽しい体験をしてからいよいよ佳境に入る。
 彼は幼いころお父さん子で、仕事に行くのにも遊びに行くのにも何処へでも着いていったようであった。お父さんは自営業だったようだが、何とその頃一緒に乗っていたトラックのナンバーまで思い出したのには驚いた。
 父親はまだ幼児であった彼を、夜になると何時も行きつけのスナックに連れて行ったそうだ。ある時おしっこに行きたくなったが、父親と店のホステスさんが談笑しているのでつい言いそびれてしまった。それでとうとう我慢できなくて粗相をしてしまうことになる。
 よくある話であるが、父親には「何で早く言わないんだ」と怒られるし、お客の前では愛想が好いママさんも着替えをさせてくれる時に恐ろしい顔でにらんだそうだ。
 子供にすれば大好きな父親に怒られた上、女性に睨まれれば虎とか馬とかにもなるだろう。どうもその辺から尿意に敏感になったようだ。過去の体験を一応書き換えて、もう新しい自分に生まれ変わったと新しい自己プログラムをインストールして治療を終了した。
 ほんとにこんな事で治るかどうかは内心疑問であったが、それからあまりトイレが気にならなくなり電車にも乗れるようになったようだ。
 私の催眠療法が効いたというよりは、恐らく自分自身で納得がいって自然に治ったのだと思う。いわゆる前世療法もそのようであるから、まあ結果オーライでいいだろう。


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テーマ:催眠療法・医学催眠 - ジャンル:心と身体

ヤブーギターを直す

 ヤブーにもいろいろ個性的な能力がある。個性を伸ばす教育はよいものと誤解されているが、すべての個性がよいものではないことは忘れられがちだ。私の場合、音階で表せない音で歌えるらしい。「らしい」というのは、自分では余り気づかないので、子供らの母親の意見を書いたまでだ。
 したがって私はカラオケはほとんどやらない。昔はカラオケなぞなかったから歌が下手なのが目立たなかったが、最近は素人でも皆昔のアイドル歌手に比べればプロ並みに旨いので困る。TVでデビューする歌手でも、明らかに下手なのがいなくなった。郷ひろみなんぞは最初はずいぶん音痴だったが、晩年は上手な歌手になった。だから音楽ばかりやっていれば、私も少しは上手くなるかもしれないが、この年になってからは遅まき過ぎる。
 遅まきで思い出したが、ヤブーの息子は最近遅ればせながら反抗期である。ちょっと前まではどこへ行くにも親父の後を追いかけており、一緒に風呂に入っていたが、近頃は「やめてくんない。マジ、ウザイ」等の科白もはけるようになり、しばしば格闘で汗を流すこともある。
 勉強よりも音楽で訳の分からん洋楽なぞという洒落た物をMDで聴いている。先だってはやはり中学時代に反抗していた長女の置いていったフォークギターを引っ張り出し、ついに雑音だか騒音を爪弾くようになってしまった。元々鳴かず飛ばずであった成績も低下のトレンド曲線を描いているようである。ああ、誰にでも一度は訪れる麻疹の季節だ。
 ところがである。先日息子が突然二階から降りてきて「切れた」と叫んだ。慌てて「如何したんだ」と聞くと、ギターの弦が切れてしまったとの事である。お前が切れたんじゃなくてよかったと、私は近くの楽器屋から弦を買ってきて直してやる。そして軽くチャカチャカとやってみせた。すると息子は少し見直したようにヤブーを観た。実は私も中学生のころに少しだけ、ギターに凝ったことがある。音痴ですぐ飽きるヤブーのつかの間の麻疹であったから、当然物にはならなかった。
 しかしそれ以来息子との関係は少しだけ改善した。成績の方は改善するとしてもまだまだ先になるだろう。


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テーマ:親子の関係 - ジャンル:学校・教育

育てる

 「生きる」と言う言葉の語源は「息」と同じそうだ。この息をするという動作は自律神経と随意神経の二重支配を受けており、私たち人間は無意識にも呼吸できるし、意識的にも呼吸ができる。語源が同じだからかという理由でもあるまいが、人間が生きることも、本能と文化という二重支配を受けているようにも思える。つまり私たちは食欲・性欲・睡眠欲・生存欲といった動物的本能レベルで生きることと同時に、生活しそれを味わい、意味付けることも欲している。

 他の生物の最大使命は種族保存であるともいえるが、人間は種族保存にすら、何らかの意味付けをせずにはいられない。子供ができることをよく「子宝」に恵まれると表現する。万葉の時代から「白金も黄金も玉も何せむにまされる宝子に如かめやも」と謡われたように、おそらく私たちの先祖は、文字を得るはるか以前からそのように考えていたのだろう。こうした考え方が今も私たちのなかに生きているのは、幸か不幸か小児医療に携わっているとよくわかる。

 しかし日本全体で観るならば、ここ最近は出生率が1.2を切るまでに落ちているのは何故だろう。もちろん出生率の低下自体は世界的な傾向で、近代化・工業化に伴って人口転換が起こることは知られている。すなわち保健医療の発達と子ども数の減少のタイムラグから多くの国は、多産多死→多産少死→少産少死の過程をたどる。多産少死の過程で「ベビーブーム」と呼ばれる人口爆発現象が生ずる。問題は欧米のいわゆる先進国では、出生率減少の過程で1980年代に反転して高くなった国も多いのに対し、日本はなお低下を続けたこと。さらに1990年代前半以降は多くの西欧社会では再度の出生率の低下が生じ、また最近はさらに回復する傾向にあるのに日本はさらに低下しているということである。

 欧米諸国で人口減少の途中で反転した理由については、福祉国家的な託児所の整備、企業の支援制度や男女の育児分担、子育て世代への財政的支援・税制優遇によるものという仮説がある。加えて婚姻と出産との分離(婚外子)の社会認知が進んだことも挙げられた。しかし財政的制限による福祉国家政策の見直しが、1990年代での再度の低下をもたらしたと説明されている。現在日本の少子化対策は主にこうした欧米諸国の現象とそれに対する仮説を元に行われていることが多い。つまり政治家・官僚や識者の多くが女性が子供を生まないのをお金と手間の問題と考え、それに対する負担を軽くすることで出生率を増やそうとしている。

 しかし私の知る限りにおいて、米国は少し異なる対策を取ったようだ。1980年に大統領になった共和党のレーガンは、家庭・教育・道徳の崩壊に対して1983年に大胆な教育改革政策を含めた「危機に立つ国家」を発表し伝統的価値の復興・保守政策を打ち出した。つまり「伝統的家庭の価値観を社会に取り戻す」ことを政治指針のトップにしたのだ。この方針は民主党のクリントンの時にも掲げられ、現在の共和党ブッシュ大統領にまで引き継がれている。周知のごとくアメリカは家庭・学校・社会崩壊の先進国である。子供の3分の1は未婚の母から生まれ、子供が成人するまでに40パーセントの親が離婚する。17歳人口の約13%は、機能的識字能力(社会的自立に必要な読み書き能力)に欠けており、この時の指針で見習うべきモデルとされたのが、日本の教育であった。当時、日本の中高生の学力は世界最高水準にあり、それに基づく高い技術力と労働者の質が、日本の経済的繁栄をもたらしていると見なされた。

 米国の政治指針が功を奏したのかは簡単には判断できないが、それまで1.7程度であった出生率は徐々に増加して1990年ころからほぼ2.0を超えた状態が続いている。それに対して当時日本では米国に比べてはるかに家庭も学校も崩壊していなかったのに、ゆとり教育、個性教育、子供の自主性教育、ジェンダフリー教育といったものを導入し、逆に学力低下、学級崩壊、家庭崩壊化が目立つようになり、おまけに少子化も進んでしまった。

 米国のネオコンの考え方では、大衆化した知識人が環境運動、人権運動、フェニミズム、平和運動を引き起こし、国家の文化的資源の過剰消費と国家統合の混乱をもたらしたという立場をとる。今でも日本は米国に比して、家庭や教育の育つ土壌がはるかに豊かで安全な国であるが、しばしばアメリカの悪い部分を追いかける国策的な過ちと、「進歩的文化人」やいわゆる「サヨク」らの言論活動などにより、日本の文化的資源も過剰消費され続け社会は混乱しつつある。

 アメリカが文化保守主義を改革の精神に掲げたのに比して、日本の現政権の改革は文化破壊主義とも感じられる。自分たちの文化に価値と未来を感じられない人間が、果たして子供を生み未来を託そうとするであろうか。私たちは生きて伝えたいものがあり、自分たちは不完全であるがいつかは抱いている理想が実現するかもしれない、そう思うからこそ子供を宝として大切にするのだ。

 3人の息子さんを育てあげた元大学教授のある患者さんが昔こう述べておられた。
「僕はね、自分たち夫婦が乞食のような生活をしてでもいいから、子供らにはちゃんとした教育を受けさせたかった。」
その言葉の中には、子育てはお金や苦労に代えがたい「幸せ」であるという固い信念が感じられた。確かに現代は学問をしていい大学を出れば安定した生活ができる社会ではない。しかし何十年か前だって「大学は出たけれど」という映画があったように、大学卒業即収入や生活の安定ではなかった時代があった。その親御さんはおそらくご自分の子供に「学問は楽しい」ということを伝えたかったのだろう。

 ここ数年勝ち組負け組みなどと、人生のすべてを収入の大小だけで分ける風潮が一部に見られる。しかし私はビルゲイツもホリエモンも決して幸せだとは思わない。夢を追うのが悪いわけではない。もちろんお金儲けや地位を夢にすることもあるだろう。しかし殆どの人の夢は完全にはかなわないし、勝つことだけを目的にするならば人は決して幸福にはなれない。夢が破れても帰るところがあれば幸せと感じる場合だってある。

 山上憶良が生きた時代は病気や貧困が多く、今日よりもはるかに子供を育てることが困難な時代であった。それにもかかわらず、あるいはそれゆえにこそ「子は宝」と言い切った祖先がおり、それは確かに私たちの心にも伝えられている。今当時とは比べようもない自由や金銭そして衣食住を得たが、いまだ彼ら以上の幸福は得られていないのかもしれない。

 少子化問題や子育てを考える場合、物質や金銭的に支援するだけでなく自分たちの過去の暮らしやこころを振り返ることが本当は急がば回れだ。しかし止まることのない改革のスピードは速まり、文化保守主義を掲げる政治家はもういない。政治とは関係のないところで、よきこころがいたる所に残っていることを祈るばかりである。


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テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育

ある中学生からの差し入れ

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ヤブーは夏休みなどにたまに中学生の職場体験学習を頼まれる。今年も将来医者になりたいという中学生が一人来た。普段たまに風邪などでかかる患者さんでもある。男子生徒であったが真面目な子であるから引き受けた。
  こんな潰れたような診療所に見学に来て何がおもしろいかとも思ったが、普段父親の働く姿を観ないであろうその子の親代わりに、私としては真面目に話をしたつもりだ。
  しかし教育というのは、詰まる所徳育であり、その子をやる気にさえすれば半ば終わったと言われるが、これは本当に難しい。 結局は説教じみた教訓話になってしまいやすい。だから昔の人はただひたすらに知育に勤め、その関係性の中で自然に伝わる徳で満足したようだ。  
ヤブーは医者の経済的将来は思っているほど明るくないこと。それでも医者になりたいなら、国立を目指すこと。そのためには今から不得意な科目を作らぬように、まんべんなく勉強しつづけることなど、 およそ中一には無理な話をしてしまった。
 そんなにまでして医者になって何が楽しいかとも思うが、私がたまたま医学部に入れた時代よりも、さらに医学部に合格するのが難しいのは事実だ。
  若い時代の狂気とも思える情熱と、それと矛盾するような平静さが、おそらくどんな職業にも要求されるだろう。医学部でそれを象徴するものとして、パッチ・アダムスの映画とウィリアム・オスラーの「平静の心」の序文を薦めておいた。
  その日以来彼には会っておらず、私も彼のことは忘れていた。しかし今日彼の祖母が受診され、夏休みのお土産を託されたと渡された。  
ブラック・ジャックなどにはおよびもつかない藪だが、変わり様はブラック・ジャックなみの変な医者のことを、将来どんな職業に就いた彼が思い出すのだろう。


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テーマ:生きる力の創造 - ジャンル:学校・教育

ヤブーの今週の町内出張

 今週は火曜日に小学校の予防接種、木曜日に介護保険の審査会と唯一の楽しみである午後の昼寝が出来ない出張が多かった。保険点数の引き下げ、職員給料の引き上げ、患者さんは居ないの三重苦を忘れられる一時の幸福を奪われるのは辛い。しかし校医と審査会の手当てもいただけるのだし、将来の日本を背負ってくれる子供たち、今までの日本を背負って頑張ってくれた老人の方々の役に立つ仕事だから、是非もなく出なくてはいけない。

 二種混合という予防接種を行った後は、ショックなどが起きた場合の対応のために、30分ほど学校で待機しなければならない。たいていの場合は校長室などでお茶を戴きながら、当たり障りのない四方山話で濁すことが多い。

 今回注射に訪れた学校の校長先生とは初対面である。校長先生にもいろいろいらっしゃるが、先日の校長先生はご自分の人間ドックの話から、散歩途中で知り合ったシベリア抑留帰りのご老人の話、そして国連大使とかの女優のアグネス・チャンの講演会の話と、次か次へととどまることなく喋り捲り忙しかった。
 
 アグネスチャンなら大昔LPを1枚持っていたが、子供の時は変なものに関心を持ったものだと少々苦笑しながら話を聞く。何十年日本にいても余り日本語が旨くならないのも売りの一つかとも考えた。隣に座っていた保健課の男性職員が、「ボランティアて言っていますが、講演料は1回3百万円だそうですよ」と茶々を入れる。私も中国が水と緑の豊かな国だと思っておられたようなので、「砂漠化が進み、揚子江以外の河は干上がっているそうですよ」と混ぜっ返したりした。

 漸く30分が過ぎたので、先日学校心臓病委員会で話題に挙がった「AED」が学校でも必要になるようですという話をしてから、早々に切り上げてきた。

 昨日は介護保険の会議で十数名の方の2次判定があり、議長という仕事をしてきた。介護というものは現場を知らないと判定するのが難しいが、やはりリハビリ等で直接介護に携わっている方々の見方は鋭いものだといつもながら感心させられる。

 さて今日は昼寝の夢の中でしばし憂さを忘れるとするか。


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テーマ:学校での出来事 - ジャンル:学校・教育

心臓震盪

 脳震盪(のうしんとう)という病気は以前から有名である。
 これに対して最近心臓震盪といわれる病態が話題になっている。これは胸にボールなどが当たった結果、心室細動という致死的な不整脈が起きることを言う。専門用語では、commotio cordis(コモシオ コルディス)といい、心臓にもともと異常がない健康優良児でも、突然死を起こすことがある。
 昔から心停止や心室細動の疑いのあり何も機械がない場合に、胸を叩いてからマッサージするという方法がとられていた。この場合逆もまた真なりで、胸を叩くことが心室細動を起こして、心停止につながる可能性があるということだろう。
 
 心臓震盪による心室細動の発生には、

 ①強さ
 ②位置
 ③タイミング
 の3つの要素が関係する。
 
 強度は、胸骨や肋骨が折れるとか、心臓の筋肉が損傷するような強い衝撃は必要なく、子供が投げた野球のボールが当たる程度の衝撃で起こりうる。
 場所としては、心臓の真上あたりの胸骨ややや左側が危険な部位である。
 タイミングとしては、心臓の収縮のための筋肉の興奮が終わり始める時で、心電図上でT波の頂上から15-30msec(ミリ秒:15-30/1000秒)前のタイミングで、ここに衝撃が加わると、専門的にはR on Tという現象が起きる。

 戸田中央病院の報告(心臓震とうから子供を救う会)では、日本国内の症例は12例(2005年5月31日現在)で、野球のボールが当たり発症したのが7例、ソフトボール(革製)が1例、拳が1例、手掌が1例、肘が1例、バットが1例です。10例が17歳以下の子供に発症している。この中に、心臓マッサージと早期除細動処置により心拍が再開し、社会復帰した人が二人いるとのことだ。
 この病態は氷山の一角で、学校や競技大会のスポーツの現場では起こりうる可能性がある。治療法としては、自動体外式除細動器(AED)が有効であるが、現在AEDの適応が8歳以上に限られている。
 AEDは心臓に電気的ショックを与え、心室細動などの治療に使用する機械だが小型で持ち運びができる。器械が自動的に電気ショックが必要か判断する。値段が数十万前後するが、レンタルもあるようである。
 今後8歳未満の小児にも使える装置の開発と、現場でしか救えない病態であることを踏まえて、AEDの啓蒙と普及が急がれる。


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テーマ:医療・医薬 - ジャンル:心と身体

ある老医の思い出

 今頃の季節になると、昔公務員の医者をしていてころ派遣されていたある村の診療所を思い出す。
 その診療所には軍医上がりの産婦人科の先生が前任者として勤務されていたが定年で退職し、それと同時に同じ村内で開業した。すでに奥様を亡くされており、独身のお嬢様が薬剤師か何かで先生の手伝いをされていた。
 村では毎年秋に村会議員、役場の保険課の職員、診療所の職員、そして前述の先生の20名ばかりで、県外の医療施設を見学に行く研修会が行われていた。何せ患者さん送迎で使用している小さなマイクロバスで、数時間以上乗り続けて行くものだから、毎年研修旅行の時季が近づくと少しばかり憂鬱になったものだ。
 研修といっても県外に出れば、大人の社会見学であるからバスの中は宴会場と化す。ゆれる狭い空間の中で何杯も勧められるから、著しく酔いが回る。研修先に着くころはいい加減気分が悪くなっており、話を聴くどころでないこともしばしばであった。
 施設見学が終了すると漸く旅館に向かい、風呂の後はお決まりの宴会が始まる。宴会ではその老医の先生の独壇場のようであった。話べたのヤブーと異なり饒舌な上に、戦争体験や産婦人科での経験など酒の場での話題にこと欠かない。議会では偉い議員の先生方も歯医者も医者も看護婦も、みな少々猥雑な集団と化してその先生の話に引き込まれて大笑いをする。
 しかし宴も酣が過ぎるころ、毎回私ポツリとにこう言ったものだ。「先生、奥さんを大切にしなさいよ。」
 私は最初にそう言われたときに、それまでの話題の流れと異なる言葉に、曖昧な笑いを浮かべるだけだった。だが言われる回数が重なるたびに、一応「はい、分かりました。」と答えるようになった。
 5年ほどその村にいた後、別の診療所に赴任して3年程経ってから今のクリニックを始めたのだが、開業祝いの時計を戴いた時にお礼で電話して以来ずっとご無沙汰したきりになっていた。
 開業して何年か過ぎたある日、医療業者から先生が肺炎で亡くなったという訃報を知らされた。
 私はあの宴会の席で、意気にタバコの煙を揺らせながら、「私の生まれたのは1919年なんです。イクイクだから覚えやすいでしょう」と皆を笑わせた姿をぼんやりと思い出し、「イクイク」と洒落ていたけれどその先生も終に逝かれたのだと呟いた。
 やはり先生も寂しかったのだと了解しているが、先生の私への遺言は今も真には守れていない。

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生活習慣の問題?

ヤブーのトイレ掃除も昨日から問題の三週目に入った。
よく三日目、三週目、三月目を挫け易い時期と区切るのはなぜだろう。石の上にも三年ともいう。そんなに座らなくとも石は暖まると思うが、話が進まないので考えるのは止めておく。まあ感覚的には飽きが来やすい目安としてわかる。
実は例の患者さんもあれから始めていたのである。この一度慣れれば病み付きになる便所掃除を。
と言うか一日だけ風呂掃除とトイレ掃除の両方をやってみて、彼もトイレ掃除の方がずーっと楽なことを知ってしまったのだ。
「トイレの方にしました」と言われて、一瞬(この野郎)という考えがよぎったが、無論最初からトイレ掃除がこちらの落としどころであるから異論はない。
彼の方ももう十日ほど続いており、感心に時々ラジオ体操の判子を押す奴みたいなチェック表を持ってくる。ただし先だって聞いたら、便器の中は棒ブラシで洗っていたようだ。これはヤブーの様に、直接素手で愛情を込めてやるように指導した。
そんな彼もギターのレッスン代を稼ぐために、アルバイトの面接を受けだしたそうだから、正に必要は治癒の母である。問題は仕事が便所掃除みたいに続くかであるが、その時はまたやり直せばいいか。
昨日話した森信三も、つの付く歳までに挨拶、靴そろえ、席を立ったときの椅子を入れることが躾けられていなければならない、と述べていた。確かに最近この基本的なセルフコントロールが身についていない子供が多い。
それがここ最近のパーソナリティ障害の問題と関連するという精神科医もいる。少なくとも条件反射的に生活に必要な行動がとれるだけでも、長い人生ではエネルギーの節約にはなるだろう。
しかしヤブーの子供らのように、確かに九つまでにはこの基本的な習慣が身についていたはずなのに、成長するにつれ段々と崩れてきているのはどうだろう。
単なる反抗期なのか、朱に交わってしまったのか分からない。まさか催眠が解けていないわけでもないと思うが、これはちょっとした問題だ。
今夜もまた眠れない。

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出会う

今日はヤブーの古くからの悪友が外来をしてくれる日だった。
大学二年位からの付き合いなので、彼此三十年の歳月が経つ。某エリート高校を卒業しスポーツマンだった彼と、田舎の三流校を卒業した青白い自称文学青年だったヤブーが、何で仲良くなったかはあまりよく覚えていない。
しかし二人はなぜか馬が合うところがあり、一緒にニーチェの話や文学の話をつまみに酒を飲んだ。学生時代はちょいとした馬鹿をやるものだから、お互いに墓場までもっていかなくてはならないこともあるかもしれない。
彼とは大学三年の春休みにヨーロッパを一月ばかり放浪した。最初の一週間はユースホステルや安宿を、重い荷物を運びながら探してとまる日々を繰り返した。
パリのピガーレという、東京で言えば歌舞伎町みたい町では、風呂なしのホテルのダブルベッドに二人で寝た。そのまちのある店では、「観るだけ五フラン」という甘い客引きの言葉にホルモンが高ぶって入り、シャンパンをポンポーンと抜かれたのに驚いて、命からがら逃げたこともある。
どんなに仲良くても共に生活すると疲れが出てお互いに厭になることもあり、その後ドイツのケルンで別れて別行動をとった。
それぞれ三週間ばかり勝手気儘にあのヨーロッパ大陸を移動していたはずなのに、ミュンヘンで一度そして帰る前々日にパリでもう一度すれ違った。
いま私はすっかり藪医者になり、彼の方は母校の大学で助教授として診療、研究、教育に忙しい立派な医者になっている。
それでも月に一度はこうして出会い、あの頃は自分達も言われていただろう子供の愚痴や、世の行く末を憂うる言葉を交わしている。それがお互いにちょうどよい距離かもしれない。
思えばヨーロッパ大陸も狭いが、この世も案外狭いのだ。
二人がよく読んだ「修身教授録」の著者「森信三」の言葉に、「人生遭うべき人には必ず会える。一瞬早からず。一瞬遅からず」なんていうのが有ったと記憶している。
そんな人に本当に出会えれば、人生は何とかなるのかもしれない。

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健康に良いなら何でも我慢できる

以前ヤブーのところに「咳が出る」とやって来た患者さんがいる。
熱もないし、痰も出ない。レントゲンでも異常が無いので、燥痰に
効く麦門冬湯(バクモンドウトウ)という漢方を処方した。
数日後だいぶよくなったが、もう少し薬が欲しいと再診された。

それじゃ同じ薬を出しますといって、診察を終わろうとしたら、
「粉薬は飲みにくいので粒にして下さい」と言われてしまった。
効いてきたのならそれを続ければ良いのにと思いつつ、西洋薬の
咳止めを処方した。

その後で、昔ヤブーがあちこちの病院や診療所で知り合った何人かの
人々を思い出した。
ある診療所の事務をやっていた男性は、「私は健康に良いとなれば
どんなにまずいものでも平気なんです」といっていたし、別の病院
の某看護士はタバコをくわえながら、「私は肌に良いのなら、どんなに不味くても平気」と酸っぱいビタミンCの原末を震えながら舐めていた。内心、それならまずタバコを止めろよと思いつつ、初心だったヤブーは恐る恐る眺めていた。

あの時の人たちもヤブーと同様に年をとったろうが、今も信念は変わっていないのだろうか。
ヤブーも「我も人なり、彼も人なり」と自分を実験材料に色々なものを試したが、麦門冬湯は決して不味いほうではなく、漢方の中ではむしろ飲みやすいものだ。

人間は色々である。


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アブレーションする?

PSVT(発作性上室性頻拍)という病気がある。
この病気の症状としては、突如として1分間に150以上の規則正しい頻脈になり動悸を感じ、突然正常に回復するというエピソードを繰り返す。ただちに命の危険は無いものの,胸苦しさやめまいを伴い,やがて手足が冷えてきて顔面蒼白になり,更にひどくなると意識が遠のいたり吐き気を催したりする。

パニック障害の患者さんの中に、まれにこの病気が合併している人がいる。急な動悸が起これば、死への恐怖が伴いパニック発作も起こしても不思議は無い。ただ、パニック障害とこの病気が併発することもあり、その場合PSVTが完治してもパニック発作がおきることもある。

PSVTの治療としては、従来ワソランなどの医薬品を用いたりしていたが、最近はカテーテル・アブレーションという治療法が完全に治すことが出来るのでよく行われる。これは特殊な管(カテーテル)を鼠蹊部(脚の付根)などから血管を通じて心臓の内部にまで到達させ,頻脈の原因になっている副伝導路を高周波で焼き切る治療法で、90パーセント以上の人に有効とされる。

以前ヤブーのパニック障害の患者さんで、やはりこのPSVTをもった方がいた。その方は遠く離れた実家のお母さんの病気が心配で、色々ストレスが多かった。ストレスは交感神経の緊張をもたらすから、不整脈を悪化させることがよくある。あまりに頻脈発作を起こすので、念のためにホルター心電計を行ったら、PSVTが見つかったのだ。大学病院に紹介したところ、やはりアブレーションを勧められた。

ところがやがてお母さんの病気が落ち着くと、ぴたりとPSVTの発作は起きなくなった。「発作が出なくなったんですが、やはりアブレーションを受けたほうがいいんでしょうか」と訊かれたたので、ヤブーはしばし考えてから、「また出るようになったら考えれば良いんじゃない」と答えた。後で知人の循環器専門の先生に質問したら、やはり同じ答えだったので、当分は受けなくても大丈夫だろう。


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いままで自己負担は無かったの?

医療費に公私の線引きを -5-
m3.com :

ついに骨粗しょう症への改革を進める、経済財政諮問会議
医療保険制度を解体しようと一歩ふみだしましたね。
すべての医療費を公的負担でまかなうのは非現実的て言うけど、
すでに自己負担がどんどん増えてきているじゃありませんか。
要するにますます統制医療化して、民間の医療保険の部分を
増やそうということでしょう。
大体経済財政諮問会議とかいういろんな会議があるけど、
そこの有識者ていうのはどういう基準で選ばれてるんですかね。
国民が選んだわけでもない学者や営利団体の代表が、勝手に
国の行く末を決めていくというのはおかしいんじゃありませんか。
医療保険を解体しようとしている有識者代表の中には、サラ金の
オリックスの会長もおりますから、自分の所に利益に結びつける
ためにする議論じゃないの。

いえ、ヤブーの収入がますます減るのを心配して言っているだけですけどね。
医療保険が完全民営化するころは引退しているか、とほほ。

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ヤブー息子に催眠をかける

ヤブーは昔催眠療法にもこったことがある。
これは職業柄今でも細々続けているし、医者の診察自体が
ホメオパシー同様に催眠的だともいえないことはない。

「催眠」あるいは「トランス」と呼ばれる意識変容状態は、
日常的に誰でも自然に入っているのだが、これを意図的に
作り出し医学的診察・治療に役立てるのが催眠療法である。
日常的なトランスは、映画やテレビに熱中していて時間が
あっという間に過ぎたり、いやな授業では時間が長く感じ
たりすることで、皆様もよく体験されているだろう。

私が数年前に催眠をかける練習を始めた時に練習台にしたのが
現在中三の息子である。催眠はある物に意識を集中させる
ことでも生じるが、最初に使ったのは「催眠ディスク」と
呼ばれる、渦巻き模様の円盤を回転させる物である。
これを見つめさせながら暗示の言葉を喋っているうちに、
意思がぼーっとしてきて、自然に目が閉じてくる。

当時息子は四年生であり、旨く行ったら100円やるといって
協力させた。実はこれは催眠に入りやすくするための
前提であり、ここから既に催眠に入る準備が始まるのだ。

子供は特に催眠に入りやすいので、案の定息子はすぐに
意識変容状態が起こり、正の幻覚つまりない物が観える
状態にも入った。彼はありもしないイチゴを美味しそうに
食べたのである。次に年齢退行を試みる。
小学一年生にまで持って行き、その当時のへたくそな
字で自分の名前を書かせたりした。そしてその後四年生まで
年齢を元に戻して覚醒させ、息子は100円の報酬を得たし、
ヤブーも初催眠が成功して、めでたしめでたしだった筈だが・・

なんと、翌朝息子は寝小便を垂れてしまったのだ。確かに
元の年齢まで戻したのだから私には責任がないのだが、
彼は私のせいだと言い張っていた。

その息子も、最近は1000円払うと行っても練習台にはなって
くれない。いやはや時の流れとは寂しいものである。


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テーマ:催眠療法・医学催眠 - ジャンル:心と身体

ほめおぱしー

20051004210909


ヤブーはすぐ飽きるとは以前にも書いた。

昔ちょっとだけホメオパシーを学ぼうとしたことがある。
西洋医学には、症状を抑える「アロパシー」という考えと、
症状を出させるものを希釈して投与する「ホメオパシー」と
いう流れがあるそうだ。

ホメオパシーの問診はやたらと細かい。普通の医者が聴か
ないような変なことを根掘り葉掘り聴く。そして、最後に
その患者さんに一番合った「レメディー」という薬を、
分厚い事典やコンピュータを用いて選んでくれる。

「レメディー」という薬は、その患者さんの症候をもたらす
物質をアボガドロ数以上に希釈して砂糖球にしみこませた物で、
希釈してあればしてあるほど強力な薬だと考える。

ホメオパシーの問診は、治療的インタビューとも言われ、
カウンセリング療法的な要素もある。色々と患者さんの
訴えを聞いてあげ、じゃああなたにはこれが効きますよと、
薬を処方する。これで効かないわけがない。

ま、ヤブーはあの分厚い辞書を覚えきれないと思い、早々に
学ぶのをあきらめた。

ヤブーの机の上には、まだその時の名残のレメディーが
転がっている。

例えば、「トリカブト」の毒を薄めたレメディーもある。
ショックやパニックなどの時によく使われるやつだ。
ヤブーは、予防接種に来て痛くて泣いてしまった子供に、
これをよくなめさせる。

だいたいの子供は、不思議とこれで泣き止む。
そりゃ、子供は甘い砂糖が大好きだからね。


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人はマイタケのみによって生きる?

20051004133303


ここのところ不況の影響をもろに受けて暇であったヤブーのクリニックも、昨日は久方ぶりに少し繁盛した。

ふだん、来院するなり「ギャーギャー」と泣き喚くお子さんが、珍しく静かだと思ったら、喘息発作を起こして息も絶え絶え、というのは嘘だが苦しく声も出なかったのである。
早速ネブライザーでメプチンとインタールを吸入してあげると、やがて「ギャーギャー」とうるさいこと。酸素飽和度もほぼ正常になり、経口で水分摂取も可能になったのはよかったが、薬が出来て帰るまでは少々閉口した。

後は涼しくなってきたので、やはり風邪の患者さんも多い。

ヤブーは体力の無さには自信があるが、特に気管が弱く風邪をこじらすと気管支炎が長引くことがあった。
しかしここ数年はあまり風邪を引かなくなった。それは、あらゆる風邪を引いたせいかもしれないが、この写真のマイタケとエキナシアが効いているのだと自己暗示をかけている。

最近は色々なキノコのサプリメントが沢山あるが、自分で試して効果があったのが「マイタケDフラクション」である。これを毎日付属のスポイトで半分ほど飲む。そうすると毎日風邪やインフルエンザの患者さんと接触しても、ほとんど発病しなくなった。
それでもたまに、これはやられたかもしれないという時がある。その時は、エキナシアを頻回に服用する。そうするとたいていは1日くらいで押さえ込むことが出来る。

本当は風邪を引いてゆっくり休みたいのも山々であるが、自転車操業なのであまり休めない。そこで編み出したのが、上記の方法である。
エキナシアに関しては、アンドルー・ワイルという著名な統合医療の医者の最近のニュース・レターに「有効ではない」という研究論文の要約が載っていたが、ワイル自身はその研究よりも多い量では効くという信念を持っている。
私自身も確かに効くと感じているし、患者さんでもエキナシアのファンは多い。

むかし家に受験生がいたころ、風邪の予防に「マイタケDフラクション」を飲ませていた。子供らは嫌がるので、「人はマイタケのみによって生きるのだ。」と無理やり口に入れてやった。

そのせいか風邪は引かなかったが、頭にはあまり効かなかったようである。


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妊娠初期のパキシル使用に注意

m3.com :

妊娠中のパキシルしように関しては、以前から有益性が危険性をうわまわると判断された場合のみ使用可能と表示されていました。
しかし、パニック障害の患者さんを多数扱われている名古屋メンタルクリニックの貝谷先生らの意見でも、パキシルは実際上は問題ないだろうということでした。
このニュースによると、今のところ少し注意したほうがよさそうなニュアンスですね。
ヤブーのところでは、心身安定剤を使っていて出産された方が多く、パシキルを服用していて出産された方はいらっしゃいません。「デプロメール」というパキシルと同系統のSSRIを服用していて、問題なく出産された方はいらっしゃいます。
もちろんできれば薬を飲まない状態で妊娠されるのがベストですが、そうもいかない場合も現実にはあるのです。


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リコピンはアレルギーに効く?

トマト由来のリコピンに抗アレルギー作用、カゴメがヒトで確認
2005年09月30日 16時59分
カゴメは9月29日、リコピンを含むトマト由来のカロテノイドが、 ヒトに投与する研究の結果、抗アレルギー作用を持つことを確認したと発表した。臨床試験は、同社総合研究所と日本薬科大学、おやまにし病院の共同研究で、研究成果は10月22日から盛岡で開催される日本アレルギー学会で報告するという。
(Nikkeibp.jp)

トマトに含まれるリコピンというカロテノイドは、一重項酸素という活性酸素の一種の消去剤であり、日光過敏症などには有効であるということは知っていた。
このリコピンがカゴメとおやまにし病院らの共同研究で、即時抗体であるIgE抗体を減らしアレルギー性鼻炎などに有効である、というニュースが昨日インターネットで流れた。おやまにし病院であるならば、なんと同じ地区医師会ではないか。同じ県でも、ヤブーと異なり偉い医者が居るものだ。

生態学的栄養学研究会の日野厚先生らなどは、トマトやきゅうりなどが一年中食べられるようになったこともアトピー性皮膚炎の増加に関係があると昔述べられていた。これは要するにアレルギーになりやすい人は、一年中同じものを食べないほうが抗体ができにくいということだ。

ヤブーのところには、アトピー性皮膚炎の患者さんも結構みえられる。その中には、依然としてステロイドを極度に嫌がられる人もいる。
昨日来た患者さんもそうした一人で、単純ヘルペス感染もあるので特にステロイド軟膏を嫌がっておられる。抗アレルギー剤の内服と漢方薬、尿素系保湿剤、セラミド系の保湿剤を中心に治療している。
最近乾燥が強く、鉛筆を持つ手の部分の皮膚炎が治らないという。
本当はステロイドを一時的に使ったほうがよいとアドバイスしたのだが、やはり乗り気ではない。
そこでリコピンの話をしたら、彼も一般的にはトマトを避けたほうが良いということを知っていた。リコピンを薬理的に使用するのと、積極的にトマトを食べるのはやはり少し異なるだろうと話しあった。
リコピンが薬理的に使用できるのか少し様子を観てみようと思う。


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表現する

残念ながらヤブーも含めて、保険診療を行っている医者は
一人一人の患者さんに十分に時間がかけられない場合が
ある。引き下げ続けられている診療報酬では、たくさんの
患者さんを診なければ食べていけないからである。
これからの風邪・インフルエンザの季節は特にそうだ。

だいたいにおいて診察の場でリラクゼーションが生じる
までには、30分程度は欲しいところである。実際に
心療内科系の初診の患者さんでシリアスな内容の場合、
40分以上時間をかけることが多い。ある程度良好な
信頼関係が築くことができ、症状が安定するにしたがって
診察時間は短くなり、理想的には患者さんは医師の元を
離れていく。

しかし患者さんによっては、医師の前ではどうしても
十分に言いたいことをいえない方もいる。また医師には
言いたくないこともあるだろう。

昔から考えや気持ちを整理するために、日記や詩や小説を
書くと良いといわれてきた。この方法は簡単で、自分を
いたわれる、お金の掛からない癒しといえる。

ここ最近のブログの流行は、この癒し効果があることも
関係するようだ。ブログはパソコンに少々なれた人には
紙に書くよりも簡単に、その日の出来事や以前の出来事、
症状や悩み、そして考えや感情を表現できる。
その作業の中で人は葛藤し内省し新しい気づきを得る。
その後に来るのがリラクゼーション反応だ。

またブログには、その人に少々関心を抱いてくれた人からの
フィードバックもある。バーチャルな関係とはいえ、
交流は交流である。しかも現実面で人との交流に
疲れている人には、動物やブログ程度のバーチャルな
関係性の方が遥かに楽である。
もちろん匿名の書き込みでいやな思いをする可能性もあるが、
そういう相手は直ぐに削除したり拒否できるのもブログの
便利な点だ。

ブログ等で自分を表現することは、何も精神的な問題や
心の病だけに有効なだけではない。リラックスしストレスを
緩和できることにより、免疫機能を高め全身的な健康状態を
改善する作用もある。また血圧を下げたり、関節炎などの
痛みや、喘息などにも改善が見られたという研究がある。

どおりで最近ヤブーのところには患者さんが来ないわけだ。
みんな便利な自己治療器が家庭にあるからね。

ただしあらゆる薬には副作用があるから、あまりやり過ぎず
程ほどに、ということも大切なようです。


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習慣が日々の生活を作る

ヤブーの便所掃除も一週間目が終了した。
最初は汚れが多かったので時間がかかったが、
2,3日目からは最初から大体きれいなので、
さっとやるだけで済むようになった。
便器を磨く手つきもさまになっきたようだ。

ヤブーがこんなことをするきっかけになった
問題の彼のほうであるが、やはり便所掃除は
していなかった。ただ感心なことに、廊下の
掃除だけは何とか一ヶ月続いている。

その後彼はふとギターのCDを聴いて感動し、
その演奏者に電話して面談を申し込んだそうだ。
こういうことにはすばやく、思いがけないくらい
エネルギーを発揮して東京まで出かけられるのが
不思議なところでもある。

ともかく彼はそのギタリストの個人レッスンを
月1回受けることにしてきたそうだ。
だが何も収入のない居候生活である。さすがの
彼も、またアルバイトをすることを考えつつ
電車で帰宅したところ、たまたま最寄の駅の
コンビニで店員の募集があり、早速申し込んだ
とのことだ。
この辺が人生の妙なところでもある。

さて「着想はよいが、続かない」とは、ヤブーもよく
言われたことであるが、彼は私よりももっと
持続性がない。
彼にはちょっとだけ大変なことを続ける
苦行療法を強いており、今度は便所掃除をぜひと
勧めたが、彼の母親が風呂掃除の方が助かると
言ったそうで、次は風呂掃除を加えることにした。

考えてみれば、便所掃除よりも風呂掃除の方が大変
なのだから、続けばたいしたものである。
私も今度は昔からなおらない、整理整頓を自分に
課してみるか。

彼も何時一人で食べていけるようになるかわからないが、
習慣が日々の生活を作り、生活が人生を創るのだから。

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今日も始まる

20051001083305
さあ今日から十月である。ダイナミクスで老眼に鞭打ちながらの診療を始めよう。
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